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2024.11.19

shiro
·
公開:2024/11/19

この前、ついに折れて金子光晴の詩集『若葉のうた』を買った。睨み合いは一年にわたった。ここまで長引いたのに、特に何か理由があるわけではない。タイミングや優先度の問題である。

一年睨み合う詩集もあれば、その場ですぐ買ってしまうものもある。これは俳句だが、黒岩徳将の『渦』は『マルホランド・ドライブ』を観た帰りに紀伊國屋で見かけて、衝動に任せて買った。一目惚れというのでもなく、ただなんとなく流し読みしただけでもいい句がいくつかあったのだが、今日を逃せば次はなく忘れてしまうだろう、それはなんだか嫌だというので買った。必要な本は忘れることがないので、こういう買い方をするのは詩くらいである。この瞬間、この世でいちばんの贅沢をしているなと思う。

『若葉のうた』は一年睨み合ったからわかりきっているのだが、本当に良かった。有名な「若葉よ来年は海へゆこう」は合唱曲にもなっていて、全文をインターネットで読める。ぜひ読んでほしい。この詩に「若葉よ。来年になったら海へゆこう。そして、じいちゃんもいっしょに貝になろう。」という一節があるのだが、初めて読んだとき、本屋でうっかり泣いた。おかげで忘れることはなかった。「ぶらんこ」という詩も良い。朝、なんとなく開いたページの一編を音読するだけで頭の中が冴え冴えとする。この詩集はこの先ずっとわたしの本棚にあると思う。

なんとなく買った『渦』もかなり良くて、正直装丁が美しいのもあって紙を手元に置いておきたいという下心込みで買ったのだが、句も洗練されていた。「氷柱より切手につけるほどの水」とか、とても好き。日が差す朝の到来を知らせる手紙みたいな句だ。歳時記が手元にないので俳句はなかなか手を出せないでいるのだが、写生の腕が光っていて自分もなにか詠んでみたいと思う句集だった。

ちょうどこの記事を書いている途中で、谷川俊太郎の訃報を知った。今日の午前5時のことである。人はいつまでも生きているわけではないのに、この人はまだ先だとなぜか思い込んでいたから、横っ面を叩かれるような感じがした。7時くらいに詩集やエッセイを読み返してほろほろ泣きながら味噌汁を飲んだ。本当に寂しくて悲しかった。でも、こんな朝もいつか忘れてしまうのだろうか? 本当に出会ったものにさよならはないと言うけれど、信じて飛ぶしかないことにはやっぱり怖さもある。でもたぶん、全然大丈夫だという気もする。変な気分だ。でもたぶん、これまでも、わたしは色々忘れてきたけど、同じくらい些細なきっかけで色々なことを思い出して生きてきたんだから、きっと全然大丈夫だ。本当だろうかと思うけど、また飛んでいかなければ。生きているのだから。