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音楽の歌詞と政治について

shiro
·
公開:2025/5/2

日本語で書かれた曲を聴くとき、わたしはまず歌詞を読む。歌詞というのは詩で、せっかく翻訳せずに詩を味わえるんだから、歌詞を聴かないともったいないと思う。

いい歌詞を書くアーティストや作詞家はもちろん日本にもいて、例えば松本隆とか、小沢健二とか、スピッツとか、宇多田ヒカルとか……オタクに通じる人なら畑亜貴なんかは天才だと思う。このまえ詩の記事でも引用したけれど、中でも小沢健二は本当に批評性の高い歌詞を書くアーティストだと思う。あまりにも知られていなさすぎる(Apple Musicにも配信のない)名曲『ウルトラマン・ゼンブ』の「愛すれば/そりゃ涙は流れていく/そりゃ心は苦しくなる/うまく言葉出なくもなるよと/知っている今の僕を賭け/この地点から放つ必殺光線は/届くかな」とか、痛切すぎる。『流れ星ビバップ』の「長い夜に部屋でひとり/ピアノを叩き水をグッと飲んで/あん時誰か電話をかけてくりゃ涙だって流してた?」とかも好きだ。人間に一瞬訪れる痛みを掬いあげるのが上手すぎると思う。

けれどもわたしは小沢健二本人に対してはかなり複雑な思いを抱いていて、つまるところ政治思想が合わない。というか、『うさぎ!』で原発問題について書いていた頃のオザケンは好きだったのに、今はなんかゆるふわ日本バンザイおじさんになっていてそれがちょっと悲しい。好きだけど。

だからか宇多田ヒカルが今回の新曲で「令和何年になったらこの国で夫婦別姓OKされるんだろう」って書いてくれたのが嬉しかった。もちろん既に「いや、OKにしろってはっきり言いなよ」みたいな意見も散見されるのだが(そしてそれもまあわかるのだが)、それにしてはあまりにも日本のポップスの歌詞に体制批判や政権批判が無さすぎると思う。これはポップスがポピュラー音楽であるゆえの運命なのかもしれないが、だからといって日本のロックやHIPHOPが本来の仕事をしているともあまり思わない。はっきり名前は出さないが、日本の音楽界には大した骨のないなんちゃって右翼みたいな歌詞を書くアーティストが多すぎる。で、夫婦別姓いつ法制化されるんですか的な歌詞を書けるアーティストはいま日本にほとんど居ない。そしてアーティストには常に表現の責任が付きまとうとはいえ、宇多田にぜんぶ背負わせるのも酷だと思う。だから一歩踏み込んだ歌詞を書いてくれて純粋に嬉しい……という気持ちを大事にしたい。

ただやっぱり外国の、例えばBeatlesのTax ManとかKeaneのIs It Any Wonder? とかその他色々な反戦ソングや政権批判ソングを聴いているとまだまだ物足りない気持ちはある。わたしは趣味でやっている二次創作とはいえ自分も表現者の端くれなんだから自分のやっている表現には常に倫理的責任が伴うと思っているし、戦争反対虐殺反対が言えなくて人間性の何が語れるのか? と思っているけれど、日本のアーティストの大半はあんまりそういうのを言ってくれなくて悲しい。わたしが知らないだけなのか?

音楽なんて政治性の塊みたいなメディアを使ってるんだからもっとみんな政治をやってほしい、脱政治化とかするな(そもそも脱政治化なんてのは幻覚でしかないけど)と思う。

補足: 音楽に政治性を求めている人がなぜ音楽の脱政治化の真骨頂をやっているKPOPにハマっているのか……と思われるのかもしれないが、KPOPは業界全体では脱政治化をやりたがっているのにもかかわらずKPOPを好きでいることはとても政治的なことなんです。KPOPは自覚がないけどめちゃくちゃクィアなコンテンツだし(例えばゴリゴリのHIPHOPなのにミソジニー的な歌詞が全然無いとか)、他にもいろいろ。同時にホモフォビアなんかもあって苦しくなったりもするけど……。