きょうは棕櫚の主日。キリスト受難の週がはじまる。エルサレムにろばにのって入城したときは、みんなあんなに盛り上がってたのによお。
棕櫚をもらって帰ってきた。来年の灰の水曜日までとっておいて燃やす。
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In my own little corner.
玄関ともうひとつ本棚にもあって、神保町で「博物蒐集家の応接間」がやってたときに買った家庭用聖水盤がお気に入り。そのままだと立たないのでやむなくプラスチックの…なんか皿とかを支えるみたいなやつに立てかけているのがわたしの詰めの甘さを如実に表しているでしょう(得意げ)
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奥の十字架とコーラルのロザリーもどこかの国の蚤の市から日本にやってきた。ロザリーはいただいたのでかけているが、十字架を多分、いやぜったいこんなふうに使ってはいけないよ。
これだけ見るとすごい熱心な信徒に見えるかもしれないが実のところものすごいふまじめで毎日のお祈りをナチュラルに忘れるし神学の本は買っても積むし賛美歌はぶっつけ本番だしそもそも礼拝に間に合う時間に起きられない(最近行けてることが逆に奇跡)。おそらく天におられるお方は相当呆れていると思うが、それでも「まあ………困ったらいつでも来たらいいんじゃない?」と待っていてくれる存在がいるというのは幸福なことである。