彼女が見えた。信号を渡った先にいる。信号は青になるまでかなりの時間がかかる。お互いどこを見たらいいか分からず、あちらこちらへ視線をやっていた。青になる。自ずと正面を互いに向いて笑顔で挨拶する。
目的の街へ向かう道中、ランチで何を食べたいのか結局彼女は言ってくれなかったので、彼女行きつけのオムライス屋さんに行きたいと私から話した。「なんでも合わせてくれる彼女」といえば聞こえは良いけれど、実際「なんでもいいよ」と毎回言われるのはしんどくて、この感覚はわりと多くの人と共有できそうな気がする。もちろん、彼女の悪いところとまでは思っていないけれど、何かを決めるとき必ず自分が決めなければいけない状況になるのはやっぱりモヤモヤする。そんな彼女とは20年以上の付き合いがある。
オムライス屋さんに入ると朗らかな笑顔のオーナーらしき女性が「久しぶりね!」と友達に声をかける。思っていた以上に仲が良くてオーナーと友達の人柄の良さみたいなものを感じる。初めて入店した私は疎外感をやや覚えながらこちらにも優しい眼差しを向けてくれるオーナーと目を合わせることなく軽く会釈するにとどまり、人見知りを遺憾なく発揮していた。
オーダーを済ませてすぐに女の子がぎこちない素振りで料理を運んできた。その様子にちょっとほっとしてしまう。予想以上に友達が常連だったせいか、急激に緊張をしていた私にとって同じように緊張している人を見つけるのはほんの少し救いだった。
サラダやスープの具材を箸で上手く掴むことができずに食べるのに苦戦していたけれど、オムライスはスプーンですくえる料理なので友達と会話しながら食べるのにちょうど良かった。人も少ないし適度に静かで環境的に苦手な空間ではない。味もオーナーの優しさを感じるような優しい味付けで良かった。どぎつくないやや小ぶりの明太子クリームオムライス。
緊張が解けてきた頃に食べ終わってしまった。最後にお店を出るときはオーナーときちんと目を合わせて「ごちそうさまでした」が言えた。心の中で自分をよしよしした。
いつものスタバに移動した。スタバで接客をしてくれた男性の店員さんも優しかった。でも最近のスタバはいつも混雑していてどことなく殺伐とした印象を受けてしまうカフェになってしまった。皆自分の世界に浸れるのが上手くて感心する。いつも頼んでいたような気がするメニューがなかったので、代わりに一番似ているものをくださいと、オーダーしたけれど飲み物自体はイマイチだった。けれど、そんなことはどうでもよかった。友達が笑って話しかけてくれるから。
飲み物を席に運んで一息ついてから私は小さな紙袋を渡した。頼まれたのがもう数か月も前のことで、友達自身忘れかけていたのだろう、「これは何?」と驚いていた。それから包みを開いた彼女はぱっと笑顔になり、「え、いいの?お代払ってないよ!え、くれるの?」と最高のリアクションをしてくれた。ハンドメイドのビーズ刺繍のイヤリング。私の手作りのアクセサリーだった。それからイヤリングの細部について尋ねてくれた。ここはどうなってるの、とか、ここ縫うの大変じゃないの、とか。あまりにも友達が喜んでくれるので私も嬉しくなっておしゃべりする。うん、そこを縫うのは結構硬くて力が要るの、手が痛くなることもあるけど頑張ったよ、と。大げさでもなく素直に最大級に喜んでくれる彼女が羨ましかった。多分私はこういう感情表現は苦手だった。素直じゃないわけではないけれど、喜びを言葉や表情に乗せるのがあまり得意でない。プレゼントをしたのは私だけれど、こちらこそ作らせてくれてありがとうという気持ちになった。
「友達に、周りの人にいっぱい宣伝するね!ありがとね!」と別れるときまでにこにこしている彼女の帰途につく足取りは軽かった。私もまた会おうねと言った後、スキップしたい気持ちで家に帰った。