堀江敏幸『その姿の消し方』を読んだ

えみ
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読み始めたとき、作者の文章のバランス感覚に驚嘆して読むのを中断せざるを得なかった。あまりにも端正で、単語の重量感や音の数が綺麗に均されているような印象。精緻な文章だった。文章のリズムが良いのは何か音楽的な素養がおありなのかな、しかしそれにしては緩急がなさすぎる気もするかなあ、などと想像を巡らせたおかげで内容が頭に入ってこなかった(おい)。

次に感じたのは場面の切り取り方がやや映画的で、画になること。カメラワークが上手くてまるでドラマを観ていたような読後感だった。

表面的な話はこのぐらいにしておき、内容に触れる。あらすじなどは調べれば出るし、それは私の仕事ではないので、とにかく思ったことを書いていく。

「私」が詩の断片に強く惹かれた動機は共感できずに分からなかったのだけど、作者の言葉に対する感度の良さをそのまま投影すると納得がいってしまう。もちろん設定として作者=「私」ではないと思ってはいるけれど、一般的な人物が詩なのか何なのか分からないような文字列に惹かれるのは想像しにくい。しかし、「私」に関する記述はほとんどない。

半ばミステリー小説を読んでいるような感覚にもなったけれども、途中からその感覚が変化してくるのは、この小説の中核かもしれない話に突入した辺りだ。

人の存在について。この世に存在していた人は、痕跡がある。不在であることによって、存在が浮き立つこともあり、この小説で謎の人物は確かに存在していた人なのだ(という設定だ)と、その姿を捉えることができなくても登場人物や物から伝わってくる。絵はがきや人の話から謎の人物の輪郭を掘り起こす作業は、歴史的な出来事・時間がどのようであったかを発掘する作業と非常によく似ている。ある人物の痕跡を辿る人がいることは、この世から去る私たちの希望の光でもある。私たちは死ぬと世界と一体となり、存在しなくなるが、それは初めから存在しなかったわけではなく、確かに存在していたものとして不在となる。『その姿の消し方』はそんな私たちの在り方を人間の生活圏の中の話として淡々と描いている。私は先ほど痕跡を辿る人を「希望」といったが、痕跡自体は辿る人がいなくてもそこに在るものであり、『その姿の消し方』は「人為的秩序の構築に先立つ混沌としての世界」から私を見つめるための視座を与えてくれるものであると感じた。

@emi0x0
遍在する。いろいろとつくるひと。ゆるっと週1~更新目標にしている。フィクションも含みます。