電車に乗って思い出したこと

えぬ
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高校生二年の時の話だ。

席替えで隣の席になった男子が、毎日休み時間になると時刻表の分厚い本を読んでいた。

私は始め、暗い奴だと思って少し馬鹿にしていたと思う。ただ、彼が本当に毎日熱心にそれを読んでいるから、ある時「何が面白いの?」と聞いてみた。

彼は嫌がることも無く私を見ると「旅行した気になるんだよ」と言い、私に時刻表と路線図を見せてくれた。

今この瞬間も、簡単には行けない遠くの駅から、想像もつかない程遠くの駅を目指して、どこかで電車が発車してる。今発車した電車は、私たちが授業を受けている間にも目的地に向かって進んで、次の休み時間にはまた、聞いたこともない駅名に辿り着いている。時刻表を見ていると、そんな想像が出来るのが楽しいのだと、そういう類の話をしてくれたのを覚えている。

あの頃の私にはそれがよく分からなかった。聞いておいて、きっと「ふぅん」とさして興味もなさそうな声を出しただろうと思う。

そんな会話を、最近改札前で路線図を見ながら不意に思い出した。

初めての彼氏とふたりで歩いた中井。

就活中、ヒールが擦り切れるほど歩いた大手町。

コンビニケーキに仏壇のロウソクを刺して、先輩の家で即席の誕生日会を開いてもらったのは確か田町だった。

私の思い出は、私の心の中にあるのか、私のスマホの中にあるのか。路線図を見つめてみると、私の思い出はそんな東京の駅にひとつずつ置いてきてある気がする。

都営大江戸線に乗れば、あの日のデートにまた行ける気がする。

山手線に乗れば、19歳の誕生日パーティにまた参加出来る気がする。

今この瞬間も、私の思い出に会いに行くことができる電車が発車しているのだ。

私はあの日、隣の席の彼が言ったことがやっと少し分かった気がした。

@enu_9
生きてる感想と思い出を回顧するよ