同じクラスのミカちゃんは自分のことをこの高校で一番の美少女だと思い込んでいるらしく、自撮りをInstagramとかイーロンマスクのおもちゃにアップロードしており毎日のように高校の昼休みに私に対して感想を求めてくるのだが、全く興味が無いのでいつもお世辞を言っている。
「へえ~」「いいね!」「可愛いねえ~」「すごい~」
私はいつもこういうノリで対応する、それから昼休みとはいえ、勉強とか授業の準備に忙しいフリをするんだけど、ミカちゃんは諦めてくれない。ミカちゃんはいつも私に問いかけてくる
「どうして可愛いと思うの?」
いやどうしてって、その……どうもこうも、感想なんてない。だって私は他人の自撮りに関心を持ってない。私が好きなのは宇宙の不思議についての動画とかSFの小説とか数学とか、そういうことであってモテたいとか恋愛とか、ミカちゃんの自撮りにはあまり敬意とか感じない。だから所感などもほぼないというか……興味のジャンルが違うからわからないっていうのがそもそもの話だ。
一応、花と一緒に映えてるから、明るくていいねと思ったよ、とか、適当なことは言うけれど、いつもミカちゃんが近づいてくると嫌だな~と思うのでいっそ逃げてしまいたいと私はいつも思っている。だがこの高校は男女共学で、少子高齢化のせいか同級生もほぼずっとおんなじ面子で続いている。
「そっかあ、ミツ氏はそう思うんだ」
だがしかし、そんな対応をしているのになぜかミカちゃんはずっと諦めてくれない。いつも昼休みは自撮りを私に見せつけてくる。私みたいなオタクに構ってくれるのはどうしてなんだろう。友達は沢山いるだろうに。こないだ友達とディズニー行ったとか無理やり交換させられたSNSでつぶやいていたし、友達は多いのでは?
正直、邪魔をされるのはちょっといやだ。私のやりたいことはただ一つ、天文学分野を学んでみたい。そういった大学への受験に現役合格目指して挑戦してみたい。今の興味はそれだけで。考えている時間。それこそが私にとっては宝物で。だからミカちゃんの自撮りにはあまり脳のリソースを割けない。
そんな高2の春の日、クラスに転校生がやってきた。転校生が来るぞー! という噂は立っていたけれど本当に来るとは思わなかった。彼はざっくり都会の方から来たとのことだった。転校理由は親の転勤らしい。受験生近くだってのに大変だなあと思いながらみんなと拍手で迎える、彼は私とミカちゃんの席の近くに座ることになった。
転校生のタケさんは接しやすいやつだった。タケさんというのは私が勝手に脳みその中でつけたあだ名である。彼は誰にでも分け隔てなく接する親切な良い人で、最初は警戒していた男子にも人気がでて、女子ともたちまち友達になってしまった。いやーなかなかコミュ力が高い。さすが都会人だ。
「ねえねえ! また家で撮ったんだけどさー!」
今日もミカちゃんが昼休みに私が自習する席までやってくる。アンタは本当に変わらないなあ……と思いながらミカちゃんが撮ったというなんというかその……コメントしづらい自撮りの感想を考えていた……のだが……
「えー、ミカ氏とミツ氏って、自撮りとかするの?」
急に現れたタケさんが話しかけてきた。転校生~! 突っ込んでくるんじゃねえ~! 私は自撮りなどしない~! と思ったが時すでに遅く、ミカちゃんのマシンガントークとInstagram宣伝とライン交換催促が始まっていた。おお、陽キャの光がまぶしい……。私は疲れてしまって「じゃあ、授業の準備あるから……」と輪を抜け出そうとしたのだが
「そういえばミツ氏ってさ、いつも勉強してるけどSNSとかしないの?」
私はひきつった笑顔を見せていたと思う、私は交換なんかしないぞ絶対に、というのがもう顔に出ていただろう。
「SNSはあんまりしないけど……そんなにいつも勉強してるかな?」
「いやあ、いつもスマホで宇宙? の動画とか見てるからすごいなと思ってたんだ。ギガ消費しない? そういう進路に行きたいの?」
あ……バレてたんだ……そらそうか……。私は苦笑いをする。笑いなれていないから上手くは笑えていないんだろうな。恥ずかしいぜ。
「天文学分野を学びたくて、そういう大学を目指してるんだ……」
「天文学って、それって星とか宇宙の事? 好きなんだね」
「そ、そうなんだ~、考えている時間が好きで……宇宙のことはずっと考えられると思ってさ。終わりがなさそうでいいなって思うんだ~」
「へえ~……いいねそういうの、ミツ氏って面白いね」
タケさんの思わぬスマイルに、そうかな、へへへ……とか照れていると、ミカちゃんが黙って私たちを見つめているのが目に入った。や、やべーっ忘れてた……ど、どうしよう、そう思ったら昼休み終了のチャイムが鳴った。おー次移動教室やーんと私はあわてて二人にも準備を促した。それから少しタケさんが移動教室の場所について話しかけてきたりしたが、ミカちゃんが入ってくることはなかった。なんだか、ちょっと不気味な気持ちになった。
それから私は時々タケさんと話すようになった。彼とは今までは交流が無かったがまあ、世間話くらいのちょっとした会話くらいはするようになった。他のクラスメイトと話をすることだって勿論あるけれど。だけどいきなり、Instagram見てくれ~! と飛んできて感想を求めるミカちゃんのように、私の勉強をタケさんが邪魔をすることはないので、私は彼は空気が読める人なんだなあと思っていた。話していても嫌な所がないのはすごいことだ。
「あ、ミカちゃん……! ごめん今参考書広げててん、いま片すね」
その日の昼休み教室にいるとミカちゃんがやって来た。ここ数日間来なかったのでびっくりし、すっかり勉強に集中していた私は面食らってごめんなどと言ってしまう。ミカちゃんは私の前の席の空いていた椅子にストンと座った。
「あのさ……ミツちゃんはどうして宇宙好きなの?」
「どうしてって……えー? 宇宙のこと?」
「どうして好きなの? どこが好きなの? 怖くない? 動画見たらすごい怖くなったんだけど」
私は少し考え、しばらくしてうーんわかるなーとうなずく
「うーんそうなんだよちょっと怖い所もあるよね、わかるよ、ボイドとかブラックホールの話とか聞いてるだけで怖くなるから、研究している人はすごいと思うよ。だけど私が好きなのはその分野じゃなくて、私が興味があるのはビッグバンの前に何があったか、の分野なんだよね~」
「……なんかさ、ミツちゃんって、勉強ばっかで恋愛とか興味なさそう」
私は苦笑いをした。まあ、それに関しては……そうとしか言えない。
「なんで興味ないの?」
どうしたんだ、今日は自撮りの話はないのか? なぜ私を問いただす? 私は困惑しながらミカちゃんの眼光に射貫かれていた。ちょっと怖い。
「恋人とか作りたくないの?」
だがしかし、私はミカちゃんの問いにしっかりと答えなければいけない。それういうことが、考え続けるということだと思うから。私は少し教室の窓の外を眺め、逡巡してから答える
「……私は、誰かのためになりたいとか自分の人生に干渉してもらいたい思うことって、人間の本能だと思っているんだよね……本能のそういう部分が私は多分ものすごく薄いから、だから恋愛にあまり興味が無いんだと思うんだ。みんな恋愛とか自分磨きを頑張っててすごいと思うけど、他人に寄っかかりたいという気持ちは私にはわからなくて……家族のことは大切だとは思うけど、家族と恋人は違うっしょ……? それに、私は誰かのために存在しているわけではないし誰かのために生きているわけでもないからさ」
「……なんか……わけわかんない……」
しばらくじっと座って考えていたミカちゃんだったが、突然立ち上がった。
「わけわかんないよ!!」
ミカちゃんはそう言ってあらゆるものを吹っ飛ばしつつ教室からバタバタと走り去ってしまう、ふと彼女が涙を流していたことに気付いて私は凍り付く
「……ええ……!?」
そして時間差でびっくりした私はミカちゃんを追いかけようとしたが、いつもミカちゃんの周りにいる子らが走っていっていた。私も追いかけようとしたが机の横にかかっている鞄につっかかってわたわたしてしまう。そのとき、タケさんがゆっくりと私の傍にやってきた
「ミツ氏……その……今のはまずかったよ……」
「わ、私、何か変なこと言っちゃったのかな? 追いかけたほうがいい?」
「いや、やめといたほうが……。ミカ氏は、その、ミツ氏に劣等感……あったんじゃないかな……」
私に対して劣等感? 私のどこにそんな要素があるの? そんな思いが顔に出ていたようで、タケさんは肩をすくめてしまった
「ミカ氏はさ、その、ミツ氏に見てほしかったんだと思うよ……自分のこと認めてほしかったんじゃないかな……」
タケさんは私にInstagramの画面を見せてきた。そこにはいつも楽しそうなミカちゃんの写真が載っている。ミカちゃんは、他でもない私に自分のことを認めてほしかった。だから自撮りを繰り返していた……ということか? わざわざ昼休みに見せてきて、感想を聞いて……それを聞いた後と前では全く違うように見えた。ミカちゃんのことを私は解って気になっていて、なにもわかっていなかったという事態だけがそこに発生する
「わからん……何もわからないよ……」
私はただひたすら困惑して、寂しそうな顔をするタケさん、そして遠巻きにこちらを見守っているクラスメイト達を見た。みんな、この難しすぎる問題をすでに掌握しているらしかった。私に理解できない答えをすでに持っていたのだ。
全員が宇宙人みたいに感じられる。初めて他人を怖いと感じた。
「……それでも……私は誰かのために存在しているわけではないし……誰かのために生きているわけでもないよ……」
そういう言葉は、スマホのInstagramの画面にぶつかって霧散していく。チャイムの音が虚しく響いていた。ミカちゃんが自撮りは、スマホの中で時が凍り付いたままに ただただ、笑っていた。
了