招文堂 花村渺様 主催
文芸意見交換会7 テーマ・箱 参加作品
『箱いっぱいのバナナをあなたに』 円山すばる
「ウェンロとマオがこの村にやってきたのはねえ、あたしが10歳になった夏だったわ。変わっていたけど、とても親切だった。」
グランマ・ポポはそう言って、話をせがむ彼女の孫の前で何度目かわからない昔話を始める。彼女の手は大切そうに一枚の古い写真を撫でていた。
暖かい日が昇っていた。しおからい風が少し風通しの良い家に吹き込んでいた。彼女が寝そべるベッドの周囲には彼女の親類縁者が大勢立っていて、皆神妙な顔をしていた。
グランマ・ポポはいま、老衰で死の床に就いていた。医者からはあと1週間も持たないだろうと言われていた。その一週間の最後の日、親戚中が彼女を慕って集まった。この大きな大陸の隅にある、この浜辺の小さくて居心地が良い村に里帰りをしに来たのだった。その里帰りは偉大な祖母を弔うためでもあった。
「ウェンロとマオはねえ……宇宙人だったの」
「本当に宇宙人だったの?」幼い玄孫(やしゃご)の一人が尋ねる
「本当よ。宇宙からバナナを探しに来たの……あの人たちの星には、沢山武器はあったけど……美味しい食べ物はあまりなかったのね……」
宇宙人が宇宙からバナナを探しに来た。いつもならその荒唐無稽な話を笑って聞いていた親類縁者たちも、今日ばかりはグランマ・ポポのことを笑わなかったし、否定もしなかった。暖かい日差しが降り注ぎ、彼女のしわが深く刻まれた働きものの手と、その古い写真をそっと照らした。 ちぐはぐな格好をしたデコボコのコンビ、といった感じの胡散臭い男が二人立っていて、両手にバナナが沢山はいった箱を持って笑って、若き日のポポと映っている。
「村に来たウェンロとマオはねえ、すぐにバナナを大好きになった。あんなにバナナを沢山食べる人を見たことなかったわ……だからわたしたち……ひいおじいちゃんとおばあちゃんたちとね、木箱いっぱいのバナナを持たせてあげたわ……」
暖かい部屋の中で、すすり泣きが方々から聞こえてきた。もうこの話も聞けないのね……という彼女の娘たちの嘆きだった。
「二人は言ったわ……『いつか、僕らの星が、バナナのおかげで豊かになったら、この素朴な……箱を返しに来ます……絶対に待っていてください、箱いっぱいのバナナを、あなたに返しに来ます』って……」
写真に窓から差し込む温かな日が差して、古いそれをはっきりと照らす。玄孫の一人が言った
「グランマ、二人は本当に来るのかな……? 泥棒とかじゃないのかな……?」
「ふふ……」グランマ・ポポは微笑んだ「やっと、来たんじゃないかしら……」
よくわからないね、という顔をする子供たち。そこで彼女の娘が母のためにカーテンを閉めようとした
「今日はやけに日が強いのねえ……ごめんなさいお母さん、眩しいでしょう」
「いいのよ。そのまま開けて置いて……それよりお客さんが来たわよ……」
「母さん……もう……」
その時だった。入り口からチャイムの音がした。皆が驚いて入り口を見た、息子たちは顔を見合わせて、一人が彼女の素朴な家のドアを開けた。其処には男が二人立っていた。箱を持っていた。それはいつか写真で見た村の木箱だった。
「こんにちは、ポポ! 皆さん! 変わりはないかい?」
「約束、果たしに来たんだよ! 箱いっぱいのバナナだ、ポポ!」
ぽかんとする親類縁者たちの前で、病床にあったグランマ・ポポはゆっくりと起き上がる。まさかと皆が驚愕する中、彼女はため息をつき、そして微笑み、皆が散々見せられた謎の写真の中と寸分も変わらぬ男たちに、あの頃のままのデコボコ宇宙人コンビ二人組に明るく挨拶をした
「遅いじゃない、ふたりとも。あたしもうおばあちゃんになっちゃったわよ?」
了