俺が嫌いだった街は
俺が知らない街になった
あの日。
前触れもなく現れた都市同盟の大軍は、瞬く間に砦を占拠した。街にいた兵士は多くはなく備えもなかった。
俺達はもみくちゃになりながら、モラビア城を目指そうと南門に向かった。
予想よりも早くカシム様の兵士達が援軍に来たが、何故か酷く混乱していて、数も少なく、民を守りながら城まで撤退するので精一杯だった。
解放軍との戦闘もあったのに、いち早く駆け付けてくれたと民衆は涙ながらに感謝した。
気づけばカシム・ハジルは解放軍に下り、北方の2つの砦は都市同盟のものになり、帝国は共和国になった。元解放軍のリーダーは英雄として戯曲も作られている。
(……どうでも良いな。全部)
全部、本に描かれた物語のように感じる。
俺達は救われなかった。
それが現実だ。
巻き込まれた民衆はしばらくは城に留まったものの、戦争が終わると、首都を目指すもの、街に戻るものと散り散りになった。
俺は離れ離れになったばあちゃんを探しに街に戻った。ばあちゃんは足が悪く、逃げることも出来ず、道端で事切れていたらしい。うちの隣の夫婦が、埋葬してくれていた。
子供が一人で街を出られるわけもなく、小さいながら家もあったから、俺は街に残った。
どのようなやりとりがあったのか。都市同盟と共和国は小競り合いもなく、ピリピリとした緊張感の中、睨み合っていた。
カシムはモラビア城に戻ったが、俺達の街は依然都市同盟のものである。
俺達は共和国民ではなく都市同盟にも属していない。
自分が頼るべき国も分からない。
そんな半端者の元々の住人と、都市同盟から流れてきた新参者の間では、しばしば諍いが起きた。俺も少しだけ荒み、都市同盟の兵士に絡んでは痛めつけられる日々を過ごしていた。
「おい!また戦争だ」
「今度は何だよ」
酒のつまみを食べながら話す。
「ハイランドに喧嘩売ってた奴らが、トランと手を組んだらしい。それで、この辺りからも義勇兵を募るんだってよ」
「ハッ。志が高い奴らは戦争が好きだな。俺達の命を何だと思ってやがる。だいたい、寄せ集めの軍でハイランドに敵うわけないだろう。あそこは、後ろにハルモニアもいるんだぜ」
「お前…。良く知ってるんだな」
「別に。知らなきゃ死んじまうからな…」
俺達の街は、無知だった。
なぜ、あの時都市同盟が攻めてきたのか。
なぜ、カシムの軍は負けたのか。
なぜ、ばあちゃんは死ななきゃいけなかったのか。
何も分からないまま、負けた。
「じゃあさ。知りたくないか?」
「何を?」
「俺達のリーダーの顔」
「……」
「俺達の敵の顔も。俺達、あの時なにも分からないまま、負けちまって、気づいたらここは都市同盟になってた」
「……」
どうでも良かった。
どうでも良いけど。
この街を出て、物語の英雄の顔を見てみたいと。
そう思ったんだ。