恐怖の話。

ether_fungus
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今日も今日とてインターネットガンジス川であるところのX(Twitter)ではお祭りが繰り広げられており、迂闊な半可通が余計なひとことでえらいことになってるのを半眼で眺めていたりするわけですが。

コピーライターくんがうっかりよく知らないホラー小説界隈になろうの知識だけで殴りかかった結果 実写映画化もされてるようなベストヒットを連発してるホラー作家がたくさん集まってきちゃって「売れないってマジ?」って殴られてるの流石に面白くてゲラゲラ笑ってる

https://twitter.com/neora31/status/1746440110604988481

大御所作家は出てくるわ、ホラーファンはここぞと作品推してくるわ、多士済々よりどりみどりでまあ面白いことよ、という顛末についてはTogetterかどっかに誰かがまとめてくれるのを待つとして。そういや年越しで書いてなかったネタがあったのを思い出したので供養がてらに書き留めておこう。

ホラー雑語りを吹聴してたら有名ホラー作家に囲まれ詰められる。この状況こそホラーかもしれない。

https://twitter.com/miyayou200920/status/1746424847792816219

むしろ炎上自体がリアルホラー話、確かにそれはそう。

こんな本を読んだ

春日武彦 『恐怖の正体』 中公新書。年末に本を紹介するポストが流れてきて、その時はふーんで終わったんですが。用事のついでに立ち寄った高円寺の本屋でたまたま置いてあるのを見かけ、縁があるならこういうのも読んでみようかと購入。

著者の感じる「恐怖」を切り口に、どういうものが恐怖かについて語っていく構成で、総覧的といえば総覧的。

著者本人のトラウマや忌避感をベースにして分析しているからこそ生生しさが出る、という部分はたしかにある。とはいえ、本人の体験や感情から恐怖自体を分析する手法は割と致命的な欠陥というか自家撞着を抱えている気がしていて。

「言語化することで恐怖が(多少は)克服できてしまう」

正体見たり枯れ尾花というか、克服された恐怖はすでに恐怖ではないのでは・・・?という疑問が常につきまとう。

悪くはない、内容がすごく刺さったかと言われるとあんまりそうでもない・・・とはいえ、思考を編み込むための端緒としてはよかった。

恐怖の理解

自分が『恐怖の正体』に一番期待していたのはたぶん第一章の「恐怖の生々しさと定義について」の部分だったのだけれども、そこが「思ってたんと違った」というのが今一つ刺さらなかった理由であろうなあとは思う。

危険を避けたいという気持ち、安全でないことへの拒否感という定義だけでは不十分でなかろうか、という主張には賛成なのだが。

①危機感②不条理感③精神的視野狭窄―これら3つが組み合わされることによって立ち上がる圧倒的な感情が、恐怖という体験を形づくる

うーん、ここの定義がいまいち・・・。

なので、ちょっと自分用にアレンジを加えてみよう。

恐怖の機序、というものを考えたときに、本能をベースにしている、と解釈できるだろう。その反応によって惹起される忌避感や警戒心、危機感、硬直による疑死といったものが生存の確率に寄与するもしくは過去に寄与したモノ。

恐怖を引き起こす対象として「死」が端的にしてその最たるものだとして、死を想起させる隣接した記号としての怪我、病、老い、腐敗、毒、警戒色、捕食者、あらゆる「通常ではないもの」と「未知のもの」は恐怖の対象たりうる。【未鑑定のアイテム】はだいたい危険な代物だ。

「身体の棄損」は根源的な恐怖である。それが不可逆性のものであればなおさら。「身体」の拡張概念として社会性をもった集団を定義すれば、「身体の棄損」には、個体の帰属先の群れ・集団の存続を危うくするもの、あるいは自身の評価が棄損され、帰属先集団から排斥される可能性を含む。

この定義なら社会不安障害も包摂できるだろうか。まだ詰めが甘い気もするが、この程度括ってあれば普段使いする概念には十分だ。死の予感、未知と不条理、不可逆、無能と無力を組合せれば恐怖を設計できる気がする。

たとえば「死の恐怖」を超克するために「肉体の死は死ではない、××でないことこそが真の死である」と概念を上書きする。××には集団への帰属条件をいれれば、集団への帰属をアイデンティティにした人間が勝手に何かをはじめるだろう。なんか危ない話になってきたのでこの辺でやめよう。

せっかくここまで読んでくれたので

じゃあせっかくだから、怖い話でもしておこうか。特に幽霊も出ないし超常現象も起こらないし、変質者も犯罪者も出てこない話。

深夜2時のエレベーター

そもそも恐怖に関して何か書こうとおもったきっかけ、というか思い出なんだけども。

自分、学生時代にちょっとだけ精神病院で看護補助のバイトをしていたことがあって。大学の心理学の先生の口利きで、そういうくちがあって。

で、閉鎖病棟で深夜勤務をしていたんだよ。私が勤めていたのはわりと上層階で、窓には格子がはまっていて、階段に出るための重たい鉄扉は鍵が無いとあかなかった。

ああ、大丈夫、この話で人は死なないから。まあ老人病棟だったから、急変して亡くなる人も結構いたけど。

で、エレベーターホールもフロアからは直接行けないつくりになっていて、ナースセンターを通って鍵のかかる扉を通らないといけない配置だったのね。

低層階は、長期の人と急性の人たち・・・干支が一回りするくらい入院してたりとか、交差点全裸でさっきまで包丁もって踊ってた人とかが毛布で簀巻きにされて車椅子にのっけられて運び込まれたりする・・・の病棟。

上層階は、一応、高齢者と若年層むけってことになってた。基本は暴れたりしない人向け。お年寄りは老人性鬱で認知症があったりする人たちで合併症も多くて。あと若い人は摂食障害が多かったかな。統合失調の患者さんも何人か。ナースがお薬仕分けしながら「これねー、XXさんの一回分、普通の人間が飲んだら死ぬからねー」って笑ってた。もう20年以上も前の話だからね。

ちょっと話がそれた。深夜勤務は地下階にあるリネン置き場に使用済リネンを運んで放り込んでくる仕事、っていうのもあって。ごみ捨て場とリネン置き場は地下階にあって。あと霊安室も地下階にあって。

ダムウエーターっていう荷物用の昇降機があるんだけど。人間は乗れないから。人間は人間用のエレベーターで移動するの。

地下階は通路も兼ねた職員専用階だから、深夜は人の気配もなくて。なんか辛気臭い匂いがするんだよ。職員用の食堂もあるんだけど、夜中は真っ暗・・でもないか、非常灯の青い灯りしかなくて。エレベーターホールも暗くて。

リネン片づけて、補充のリネンを台車に載せて、上の階に戻るために△のボタンを押して、階数表示どおりエレベーターは降りてきて。

薄暗いエレベーターホールにエレベーターの扉が静かに開き、誰も乗っていない無人の箱から煌々と白い光がこぼれ出た時、

私は恐怖した。

・・・それで、この話はおしまい。特になにも起こらないよ。

たぶん、私が恐怖を「理解」したのはその時だったとおもう。

だれもいないはずの自分の部屋。

もう一つくらい読んでいく?

いや、特に何も起こらない話なんだけど。

人は自分の行動に「意味」を見出している、っていう話で。

いや、別に難しい話ではなくてね。

たぶん夜とかがいいと思うんだけど、だいたい一人暮らしのアパート住みなら自分の部屋からお出かけするときに鍵をかけるじゃないですか。

部屋の中には誰もいないよね。

自明だよね。

それで、鍵をかけて、じゃあ行ってきます、っていうときにね。

自分の部屋のインターホン、押してみる気になれる?

部屋には誰もいないんだよ?自明なんだよ?

だから、絶対に誰も出ない、はずだよね?

じゃあ、押しても何も起こらない、よね?

特に何も起こらないよ。

だって部屋には誰もいないんだから。

そうでしょう?

@ether_fungus
備忘のためにつらつらと。 プロフィール画像はPlan 9のGlendaです。