私は幼少期から見た目にコンプレックスを持っていた。父親譲りの丸みのないおでこに出っ張った頬骨に奥目でやや顎が後退していて、ホルモンバランスの乱れからかたまにできるでっかいニキビ、ピンポイントであげたらキリがない・・・。そんな自分が嫌いだった。なぜこんなに見た目について考えてしまうのかというとやはりそれは兄弟の比較から来ている。私の姉と妹は母親譲りで子供の時から美人で、学校ではマドンナ的扱いだった。芸能事務所からもよくスカウトされ、夜の店で働いてる時はNo.1を取っていた。そんな環境で育ったのもあり、見た目至上主義の恋愛では勝てないと早々に悟った私は、なんとか中身で勝負をしようと試行錯誤した。付き合う前はまあとりあえずな流れだった元彼たちも今まで付き合ってきて1番楽しかったと言われることも多く、私はそうやって見た目以外で努力してきた。なんかこういうと媚びてるなと思われそうだが人に好かれるのって恋愛以外でも大事だなと気付かされることが多かった。例えば自分のやりたいことがある時に協力してくれる人がいたり、何かあった時に私に頼ってくれる人、Hikariさんだからお願いしたいと言ってくれるのは現在フリーランスとして働く中でとても大切だと感じている。
そんな幼少期を過ごして、社会人になってIT業界に転職した。そこで1番驚いたのはみんな見た目を気にしていないことだった。それよりもどんなスキルを持ってて、どんな考え方や知識を持ってるか、そんなことの方がずっと重要視される世界だった。(もちろんIT業界といっても新卒を見た目重視で採用する会社もあるので、全てのIT業界がこうとは言えないが自分の場合はたまたまそういう会社だった)そんなこともあってそれから見た目に対してコンプレックスを抱くことは少なくなった。ある程度の清潔感(ホワイトニングや脱毛)を気にするくらいはあったが、それ以外は何も意識しなくなったし、自分の人生で重要だとも思わなくなっていった。ファッションも疎かになり、おしゃれする日以外はユニクロのヒートテックか、寒い時はウルトラライトダウンを着てるような感じになっていた。(まあこれは今でもそう)
そんな見た目を気にしなくなった生活を送っていたところ、姉からアニャテイラージョイに似てると言われた。最初は何を言ってるんだと思った。からかってるのかとすら思った。でも姉以外からも言われるようになり、余計混乱した。なぜなら私はアニャテイラージョイみたいに大きな目でもないし、彼女の透き通るような白い肌を持ち合わせていない。そこで分析をしてみたところ、どうやら私の骨格の一部と浮世離れしたミステリアスな空気感が似てるらしい(自分で言うのも笑ってしまう)。まあ仮に自分がアニャテイラージョイに似ていたとしても私は女優を目指してるわけでもないし、自分の人生の目的にそこまで見た目の良さは関わって来ないので流しつつ、ここでの最大の気づきは自分のコンプレックスだと思ってた部分が魅力的に映ることがあるということであった。そこからメイクやファッション、髪型も自分の魅力が映えるように意識してみたところ、垢抜けてより褒められるようになった。もちろん姉や妹のように世間一般的な美人になることはできないし、自分のことがタイプでない人にあたってショックを受けることもある。しかしこのコンプレックスを魅力だと思ってくれる人にもたくさん出会うことができたので、自分のことをタイプでない人と出会ってもそれは仕方ないと切り替えが早くなったと感じる。そして少しずつ自分の見た目が好きになっていくようになった。諦めとして見た目を放置していた時よりも人生をより楽しく感じる。ここで重要なのは周りに合わせたり誰かと競うようなファッションではなく自分らしくいられるファッションを追求することなのだと思う。
そんなことを思いながら来月のイギリス旅行ではどんなファッションで行こうかああでもないこうでもないと思いながらインスタをファッション誌のようにチェックして姉や妹に相談するのであった。