自分は高いところが怖いのだ、とはっきり分かった記念の場所である。小4か小5の夏休みに訪れた。長野オリンピックの感動の舞台、観光スポットでもあり、現在も競技に使用されている。
あまり記憶にないが、まさかラージヒルのスタート地点には行っていないと思う。ひたすら足元を見ていたので景色の記憶がないのである。この場所で不機嫌そのものの顔をした私の写真が、実家のどこかにあったような気がする。家族旅行で「ぜんぜん楽しくない。来た意味がわからない。帰りたい」と思ったのは後にも先にもこの思い出だけである。
以来、高所恐怖症を自認して生きてきたが、最近気づいたことがある。小川や池を渡るための足場となる岩が点々と連なって設置されていることがあるが、あれを渡るときに感じる怖さと、高所での怖さが似ているのだ。
小川や池なので落ちてもせいぜいふくらはぎまでがびしゃびしゃになる程度で、スキージャンプ台から落ちることと違って命には関わらない。なのに一歩踏み出そうとすると体がぞわぞわっとするので、えいやっとリズミカルに足を運んで無理やり素早く渡り終えることになる。大したことない歩数でも、渡り終えると本当にほっとする。高所にいると、その小川や池を渡り始める前のぞわぞわがずっと続くのだ。
ロープウェイ、観覧車、山道の斜面側の歩道。と、溺れる心配のない小川や池。考えてみたところ、自分は高所が怖いというより、そこから何かを落とすことが怖いのだと気づいた。自分の身。スマホ。指輪。キーホルダー。大切な何かを落とし、壊したり濡らしたり失くしたりすることが怖い。眼前に綺麗な景色(山なり池なり)が広がり、自分の前には柵があるとすると、景色の写真を撮りたくはなるが柵から数センチでも身を乗り出すのが怖い。強風が吹いたり、隣にいただれかが急にぶつかってきたりしてスマホを落としたら?と考えると、撮影に悪影響がない範囲で背中を後ろに反らして素早くシャッターを切り、すぐにスマホを安全なポケットにしまうのである。
東京タワーや外側の壁がガラス製のエレベーターは、「もしこのガラスが壊れたら…」と思うと怖い。小川や池の飛び石は、「もし水で足を滑らせたら…」と思うと怖い。高所に限らないこの恐怖症、果たして診断名はあるのか。