実家に帰ってきている。
妹には子どもが2人いる。2人を連れて帰省してきている。わたしも妹たちに合わせるようにして、実家にいる。
子どもはとても自由に動く。歩き、走り、食べ、喋り、笑い、泣き、動き、動かない。これらへの対応を常にやっているのだ、この妹は、と思う。すごい。マジですごい。
弟のところで子どもが生まれた。
生後数日の新生児の顔を見てきた。すごい。意味がわからない。いろいろと。これが数年経つとあれになるのか。はああ。
実家の近所を散歩していると、同じ町内に住んでいる同級生とばったり会った。これから出勤するという。20年近く、ずっと、このまちで暮らし、新卒で入った会社で働いているという。昔はそうは思わなかったけれど、彼は父親によく似ている。わたしが小さかったころに見ていた彼の父親と、いまの彼はとてもよく似ている。
数ヶ月前に開催された同窓会の写真を見せてくれた。しばらくは何もわからなかったが、ひとりの女性の面影に気づくと、そこから芋づる式のように記憶が刺激されて、どんどん顔と名前がわかっていった。みんな同じ年齢のはずだけど、いろいろな世代がいるように見える写真だった。
わたしには、この人生しかないんだな、と思った。
わたしは子どもを育てることはないだろう。だから、わたしは孫を見ることもないだろう。わたしの父親や母親が、妹の子らと遊んでいる姿はまさに祖父母であり、わたしはこれをやることは、おそらくない。
わたしは20年もおなじまちに住んだことはないし、これからもないだろう。20年もおなじ会社に勤めたことはないし、これからもないだろう。そうした状況にわたしがあったとして、どんな振る舞いをするのかを知ることは、たぶんできない。わたしは移っていくことしか知らない。
人生は一度きりだというけれど、それはたしかにそうなのだろうけれど、人生は、それ以上に、「この、これしかない」のだと感じる。
「この人生」しかない。他のものはない。
それは、だから大切なのだとか、だから尊いのだとか、だから一生懸命に生きるのだとか、そういうことではなく、ただ、とても怖いことだなと思う。恐ろしいことだなと思う。「この、これしかない」のだ。他にはないのだ。
この人生しかない。
みんな、他の人たちもみんな、その人生しかない。そういうことなら、そりゃあ、いろんなことが、そうだよねえと思う。それしかないんだから、そりゃあ、そうなるのかもしれないよね、と思う。
そんなことを、もしかしたら、さっきまで知らなかったのかもしれないな、と思う。