とてもおもしろかったです。けっこうオススメ。
わたし自身は、はやみねかおる作品を通ってきていないので想像でいうのですが、森バジルさんはたぶん、はやみねチルドレンのひとりなんだと思う(想像に想像を重ねたコメントです)。
ノウイットオール、副題は「あなただけが知っている」。一冊の本のなかに5つの異なるタイプの小説が入っているけれど、これは「連作小説」とはたぶん呼ばない。
5つの小説はそれぞれ「推理小説」「青春小説」「科学小説」「幻想小説」「恋愛小説」と冠される。冒頭の推理小説はいきなり殺人現場から始まり、キャラクターの名前はものものしく、探偵の言動はエキセントリックだ。ワトソン役は常識的で、ああ、そういうやつね、と思う。そういう推理小説は知ってるな、青崎有吾とか相沢沙呼とかのあたりの流れかな、などと思いながら読み進めるうちに事件は解決して、第1章「推理小説」は終わってしまう。
続く第2章「青春小説」は、M-1グランプリ優勝を目指す高校生コンビの物語。文体も変わる。エキセントリックな探偵が活躍する余地はない。別の話なのだ。別の話なのだけど、第1章を読んでいた読者は、この高校生コンビのことを断片的にすでに知っている。さっきの探偵が助手との雑談のなかで話していたから。
そう、この小説は、同じ街に暮らす人たちの5つの物語だ。そしてこの物語をすべて知っているのは読者だけ。
わたしは群像劇が好きだ。その物語世界の中では本来は関わることのないはずの人同士がすこしだけ関わることで何かが起こるような、あるいは脇役だと思われた通行人Aのような人物にも特別な物語が起こっているような、そうした群像劇が好きだ。だから、『ノウイットオール』の仕掛けはとても好ましく思うし、賛称したい。
ただ、気になる点もある。5つの章は小説としての出来にすこし差があって、「青春小説」が素晴らしく瑞々しいことで、尚更、ほかの4編がやや物足りなく感じる。別の章との連関を示す伏線的要素もちょっと目立ちすぎているかもしれない。
そういう気になる部分もあるので「絶賛」とはいかないけれど、とてもおもしろい小説なのは間違いない。おもしろいし、文章がちゃんとしている(最近のエンタメ小説って、もうちょっとだけでいいから文章をちゃんとしてくれないかなと思いませんか、わたしはよく思います)。
ところで、「M-1グランプリを目指す若者が出てくる小説」といえば、宮島未奈『成瀬は天下を取りに行く』もそうだ。これも素晴らしい青春小説。現代の青春は、部活動ではなくM-1グランプリなのかもしれない。