振り返ると色々出掛けている。設計図を持たずレイヤーを重ねるように今は色々なことをやっていく。
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「◯◯ですが、よろしくお願いします」という書き方もたくさんしてきた。最近は気づくと書き直す。変えたい方向性は特にあるわけではなく、目の前に現れた過去の自分の書き方で気になることを修正している。
若者が主人公のイベントに相次いで参加している。若者というのは、大学生がほとんどで、高校生や20代の社会人も一部含まれている。司会や発表が洗練されていることに毎回驚く。
ふくしデザインラボという取り組みの発表会に参加。SNSで偶然見つけた。大学生、社会人のチームが福祉施設をフィールドワークとして訪問、福祉のアイデアを作り発表する、というもの。
求職中の友人と飲む。まだ決まりではないが、目処が立ちつつあるようでホッとする。
福岡の学習塾を経営する鳥羽さんが紹介していた岡本かの子の「快走」。すごく良い。岡本かの子は、岡本太郎の母親。
4月から働く職場の年1回のイベント。小学生から20代前半くらいまでの人たちが司会、出演、演出を手掛ける半日のお祭り。素人が見てもレベルが高いと感じられるパフォーマンスから、表現すること自体が大きな挑戦だったと思われるパフォーマンスまで様々。場を盛り上げる大人たちも楽しそうだった。
1年間手伝っていたプロジェクトのまとめを進めている。いつ何をしていたかという事実とそれがよかったのか悪かったのかの評価。3年間関わっていて、そろそろ形を変えるタイミングなのではと感じて提案をまとめた。
誤解、誤配、誤訳。誤り、ずれは修正されるものとされている。この誤りは狙って生み出せるものではなく、だからこそ私は「生」を感じる。
「社会的処方」がテーマの本を読み始める。最近別々の場所で耳にした。社会的孤立に対して薬や治療ではなく人の繋がりや活動を提案していく取り組み。
雨の日の夜のマクドナルド。店内、モバイル、ウーバーイーツの注文が混線。淀みなく捌いていくスタッフ。ミスがないのが凄まじい。
板橋区美術館の「シュルレアリスム宣言」100年の展覧会。この会も残念ながら撮影は全面的に禁止。シュルレアリスムは、美術史において気になるテーマだったので観にいった。作品は、吉原治良(よしはらじろう)「縄をまとう男」、高井貞二(たかいていじ)「煙」、諸町新(もろまちしん)「ある季節」、大塚耕二(おおつかこうじ)「トリリート」、杉全直(すぎまたただし)「跛行」、浜田浜雄「ユパス」が良かった。
引き続き村上隆の本を読んでいる。「芸術起業論」と「芸術闘争論」。書いていることを書き出して眺めてみると、奇抜なことではなく、当たり前のばかりだ。自身を正統派ではないと理解していることと主張が正統派であることが混じり読みにくかったのだとわかる。闘争論は起業論を経ての持論への反省もあり、鑑賞や制作への具体的な記述が面白い。