私の愛聴盤とは
話が前後するが、ここでクラシック愛聴盤シリーズについて説明しておきたい。このシリーズで紹介している音源は、あくまで私が好んで聴いているものなので、名盤とは限らない。また、推薦盤を紹介するものでもない。
私は、どうせ音楽を聴くなら、できるだけいい音で聴きたいと思っている。仕事ではなく、単なる趣味で聴いているのだから、なおさらだ。往年の名盤を聴くこともたまにはあるけど、たとえばフルトヴェングラーやトスカニーニは、さすがに古過ぎて音質がひどいので私の愛聴盤にはならない。
いい音の定義は人によって違うだろうけど、私は大手レーベルの音があまり好きでないので、このシリーズで取り上げる音源は、どうしてもマイナーレーベルのものが多くなってしまう。
以前、私は「大手レーベルは、音をいじりすぎて音場が不自然になっている」と書いた。この問題は、独奏や小編成のアンサンブルなど、楽器が少ない録音ではあまり起きないが、オーケストラのように楽器が多いと問題になる。具体的にオーケストラ録音の例を挙げよう。
不自然な音場
大手レーベルの一部(特にDeutsche Grammophon)は、すべての楽器がよく聞こえるように整音しているので、あらゆる楽器が手前にせり出した結果、演奏会場の奥行きが感じられないものになっている(残響をあまり取り入れないことも、これに関係しているかもしれない)。音を詰め込み過ぎて、息苦しい。
すべての楽器がよく分離して聞こえるというのは、楽曲を分析している音大生や指揮者にとっては好都合だろうが、楽曲を聴いて楽しむという観点からは疑問に思う。コンサートホールでオーケストラの生演奏を聴いたことがある人はわかるだろうけど、実際のオーケストラの楽器は、さほどはっきり分離して聞こえない(ただし視覚による補助があるので、聴覚のみで聴いた場合よりは分離する)。
たとえば、バルトーク『オーケストラのための協奏曲』の第5楽章冒頭で、ホルンがどこから聞こえるか。ブーレーズ指揮シカゴ響(Deutsche Grammophon)のCDをヘッドホンで聴いてびっくりした。
ホルンが右の手前(ほとんど真横)から聞こえたような気がしたからだ。通常、オーケストラのホルンは左奥に配置する。ただし、右奥に配置することもあるので、その点はいいとしても、右の手前には弦楽器が陣取っているはずだ。よく聴くと、そこまで極端な配置ではなく、右奥のようにも聞こえるけど、これはちょっと右に寄せ過ぎではないか。何かの間違いかと思ったら、ホルストの「木星」(レヴァイン指揮シカゴ響、Deutsche Grammophon)の開始後0分57秒ぐらいのところで出てくるホルンも同じように聞こえる。
これは、ビートルズの「ノルウェーの森」などで音を左右に極端に振り分けて、ギターは右から、シタールは左からしか聞こえないようにしたのとよく似ている。なぜ、Deutsche Grammophonはこんな人工的で不自然な音場を作り出しているのか、不思議に思う。また、楽器の近くに配置したマイクで録った音を人工的に合成しているから、音が硬くてうるさく感じる。
ワンポイント録音という対案
コンサートホールの客席にマイクを2本だけ立ててワンポイント録音すれば、こんな不自然な音場になるはずがない。マイク2本だけで大編成のオーケストラの音が録れるのか、と疑問に思う人がいるかもしれないが、結論を言えば、オーケストラの音はマイク2本だけで録れる。たとえば、以下のCDが実際にリリースされている。
ベートーヴェン交響曲第7番・第8番(サンティ / N響、Meister Music)
ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」(ノイマン / チェコフィル、DENON)
マーラー交響曲第1番(インバル / 都響、EXTON LABORATORY GOLD LINE)
マーラー交響曲第4番(インバル / フランクフルト放送響、DENON)
マーラー交響曲第5番(インバル / 都響、EXTON LABORATORY GOLD LINE)
マーラー交響曲第5番(インバル / フランクフルト放送響、DENON Audiophile Series)
注:DENONのマーラー交響曲第5番は、マイクを多数使用した通常盤とワンポイント録音のAudiophile Series盤の2種類がリリースされている。
Meister Musicはワンポイント録音にこだわっているレーベルで、おそらくすべてのCDをワンポイントで録音している。Telarcはワンポイント+残響収録用マイク1本の3本構成を基本にしていると、どこかで読んだことがある。ワンポイント録音は、音源ではなく音場をまるごと録るという発想で、見通しのよさと開放感が特長だ。コンサートを生で聴くイメージに近い。マイクを2本しか使っていないので、後から音像定位を操作しようと思ってもできない。
ビートルズの新曲「Now And Then」に使用したようなデミックス技術を大手レーベルが何十年も前から使っていたはずはないので、音像(たとえばホルン)の配置を録音後の後工程で操作できるとすれば、それは楽器のパートごとにマイクを立てているということだ。しかし、それではマイクが多すぎる。
アナログ録音は、デジタル録音に比べると解像度が低く、アナログレコードではクロストーク(隣チャンネルの音が漏れて聞こえる現象)が必ず発生するので、昔は音の分離を強調する必要があったのだろう。しかし、デジタルオーディオは解像度が高く、クロストークも発生しないので、マイクは少なくても問題ないはずだ。
<参考音源:プレヴィン指揮ロサンゼルス・フィル、『オーケストラのための協奏曲』第5楽章、Telarc>
実はライブ派
実を言うと、私はライブ派なので、セッション録音(ライブ録音でないもの、つまりレコードやCDで主流の録音)の音源はあまり好んで聴かない。
というのも、私がクラシック音楽を聴き始めたのは小学生のころなので、当然レコードなどという高価なものは、そうそう買えなかった。だから、NHK-FMやFM東京(現在のTOKYO FM)などで、主にコンサートのライブ録音をカセットテープにエアチェックして何度も繰り返し聴いていた。昔のFM東京は、クラシックも結構流していたと記憶している。
大人になってからは、コンサートホールにちょくちょく足を運んで生演奏を楽しんでいる。根っからのライブ派である私が大手レーベルではなく、ワンポイント録音系の音を好むのは、ある意味、当然のことだろう。
まとめ
結局のところ、音の良さは、どんな音が聴きたいかによって変わるのだろう。Deutsche GrammophonのCDのように、生の演奏会場では絶対に聴けない作り込んだ音を聴きたいのか、それともコンサートホールのS席で聞こえる自然な音を体験したいのかだ。どうやら、世間一般の音楽ファンやオーディオマニアは前者が多数派で、ワンポイント好きの私は少数派らしい。大手レーベルは、マイクを楽器に近づけているので音がきついと私は感じるが、大手レーベルが好きな人がワンポイント録音を聴くと、音がぼんやりしていてクリアでない(何だか頼りない)と思うようだ。
個々の楽器の音を聴きたい人にとって、Deutsche Grammophonは良い音源だが、私は人工的な音ではなく、演奏会場の空間内で自然に溶け合っている音を聴きたいので、クラシック愛聴盤シリーズではマイナーレーベルを取り上げることが多くなっている。