意識も理想も高いけど実現には至れない人

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これは、複数の他社の人から聞いた話をくっつけたり混ぜたり脚色した話になる。つまるところフィクションだ。

あるIT企業ではチームごとに始業時にスタンドアップミーティングを行っている。スクラムで言うところのデイリースクラムである。よくあるやつだ。

ある日、5〜6人くらいの小規模チームに新しいメンバーが加入した。新卒ではないけれど第二新卒くらいの若さのメンバーであった。将来的にはリードする役職(テックリードだったり、デザインリードだったりそういうやつ)につきたいという、意欲のあるメンバーだ。仮にメンバーを山田としよう。

入社後しばらくした山田からマネージャーに相談があった。

「毎朝、スタンドアップミーティングをしているが、時間の無駄にしか感じない。それぞれが進捗を共有するが、自分には関係ないタスクの話を聞いても意味がないので早くタスク消化に入りたい。」

マネージャーはスタンドアップミーティングの役割や、他人のタスクの話を聞く意味を説明したが、納得できないらしく、

「来週のスタンドアップミーティングから自分にやらせてください。最高のスタンドアップミーティングをお見せしますよ。」

といった感じだった。実際山田はリード役職になりたいという話だったし、マネージャーは任せてみることにした。一週間の準備期間を与え、チームメンバーに新しいやり方を説明する会をセッティングした。そしていざ説明会の当日。

「準備ができていないので、説明会は延期してください。」

山田から連絡が来た。そしてそれ以降、準備が完了することはなくスタンドアップミーティングは以前と同様の方式で今も続いているらしい。


違う組織ではあるが、似たような話でもう一つ。今度は鈴木としよう。

鈴木も山田と同じく将来リード役職を希望しており、同じようなチーム規模で行われている定例会議の改善を提案してきた。こちらも同じような流れでマネージャーが「リード役職を希望しているし、主導してみますか?」と話をし、準備期間を与えてチームメンバーに定例会議の改善を提案する場を用意した。

こちらは山田と異なり、チームメンバーへの説明会にしっかりと案を持ってくることができた。マネージャーが説明会前に改善案を確認すると、ある課題は解決されるが、変わりに別の課題が生まれるものだった。

例えるならば、改善案によって定例会議の時間は30分短くなるが、そのために参加メンバー全員が10分程度かけて事前準備をしなければいけないという変更提案になっていた。トータルでは20分節約できるので「正しさ」はあるが、今まで不要だった事前準備が増えるため人間が「嫌だな」「面倒だな」と感じる可能性が高い。

マネージャーは「この点でチームから反発があるかも」と伝え、チームメンバーへの説明会が開催された。

案の定チームメンバーからは事前準備が必要な点について不満が表明された。マネージャーは「先に伝えた懸念どおりだな」と見守っていたが、

「この変更で定例会議が20分も短くなります。たった10分の準備もできないのはなぜですか?」

といった趣旨の反論が鈴木からされた。これを皮切りにしてメンバーの態度は硬化してしまい、結局新しい提案がチームメンバーに受け入れられる事はなかった。

説明会のあとでフォローのためにマネージャーが鈴木と話をしたが、

「20分も短くなるのに。」「どう考えても既存の方式より新しいほうが効率的。」「みんな時間の大切さを分かっていない。」

といった旨の話をしていた。マネージャーは丁寧に何が良くなかったかを伝えたが、それが鈴木に届いたかは分からない。


エンジニアリングでもデザインでもビジネスでも賢く効率的な仕組みを考えることよりも、それをメンバーに説明し、納得してもらい、実現することのほうが何倍も難しい。

日常からの信頼値の蓄積と、丁寧な説明や懸念点の対応、それぞれの人間に適した対話など、高いコミュニケーションコストを支払わないといけない。

もしくは役職による権力や高圧的な態度で、「決めた、従え。」とすべての責任と強烈な嫌われを一身に受ける変わりにコミュニケーションをスキップさせるしかない。いわゆるワンマンなチームや組織で速度が出やすくなるのは、この面が大きい。独裁体制は方向さえあっていれば爆速なのだ。

コミュニケーションコストはとりたくない、責任はとりたくないし、嫌われたくない、でも自分が考えた仕組みにみんなが賛同してついてきて欲しいというのは、どこまでも夢物語なのだ。

どれだけ「正しく効率的」であったとしても、そこに人間が介在する場合、人間について考えなければならない。課題と向き合っていたいのに、人間と向き合わなければならないのは、非常に面倒で本質から離れている気持ちになる。しかし、他人と協働しなければいけない仕事をしている以上、どこまでいっても避けられないことだ。