02.07
コーヒーを切らしているから、今日はミントティ。5~6分は早めに出られたかな。仕事の予定がぐちゃぐちゃだ。予定管理はそこそこ得意だったはずなのに、うまくいかなくて見つめ直している。朝の準備中にふと、歯を磨いたついでに洗い物をするというルーティンができていることに気づいた。何ごともひとつずつ。わたしは焦りすぎるから。午前の仕事中は、UI・UXの悪さに慣れようと思った。いろんなサイトがあって、どこになにがあるのか探しきれない、検索ツールを使ってもヒットしないのにイライラするのをやめれば、体力と時間を節約できるかもしれない。機能美が好きだからといって、選べないものにぐずぐず言っても仕方ない。だから、生活には意識的にうつくしくて使いやすいものを揃えたいな。この数日は素敵なMOONSTARの靴のことを考えている。近々お財布と相談しながら買おう。上司のことを延々ぐずぐず言ってきたけど、変えようのないことに文句を言うのは無駄と思うのになぜなんだろうと考えた。わたしは自分で考えて工夫したくないんだなということに行き着いて反省した。無駄でも怒りを持っていて、怒りの出力が愚痴になっている。面倒という気持ちは厄介だ。それにわたしはやり過ぎる。根本的解決を求めるあまり一から全てを変えようとしてしまう。これって「おれのかんがえたさいきょうのナントカ」と同じだなぁと。一人でやれる範囲のことに限定して、まずそれを粛々とやっていくことが先だった。まずは自分でできる範囲を整える。対応を変える。面倒なのには変わりないのだけど、わたしが面倒でやらない時はだいたい疲れていて頭が回っておらず、直面しているタスクの優先度が下がっているものに起きる。さらに疲れると忘れる。疲れを取る→考える余裕をつくる→疲れやすいタスクを仕組み化する→疲れの負債を削っていく、かなぁ。。よく考えているけど、考え続けるのも疲れにつながるから、お風呂と歯磨き、スキンケアのときは考えるのをなるべくやめている。わたしが洗い物が好きなのは、自動化されていて考えないことが身についているからだと気づいた。山盛りの洗い物が好きだ。山盛りであればあるほどいい。段取りはいつも一緒。まずは洗うものを整頓する。皿、コップ、箸やスプーンはコップにまとめる。まとめ終わったら、細かいものから洗う。置き場に積めるだけ積んだら、拭いて片付ける。なくなるまで洗ったらシンクを洗う。食器を拭いて片付ける。おわり。このあいだ、わたしは何も考えていない。水の感覚やスポンジや泡を手で感じながら、食器を落とさない、泡を流し切ることにだけ集中している。苦手で遅かった洗い物をヒントに、ほかのことでも同じように心地よく感じられるまでにしていけたら、きっともうすこし、楽になる。仕事もきっとそうだろうな。洗い物がまさか希望のヒントになるとは思ってなかった。進んでいないように思えても、ちょっとずつ進んでいるんだな。