2024.3.26  困った自分との交際模様

fujikana
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〈似たような困りごとと交際しているかもしれない誰かに向けて〉

自分というこの生き物とどのように交際していくかについて。

高校生のとき、「自分という生き物のこの性質は、一時的な病ならば治ることもあろうが、一生付き合っていくやっかいなものなのだ」と思ってから、どうやってこいつとやっていくか、が人生の課題だった。

といっても、20代の頃は何に困っているのかすらも分からない。自分に振り回され、憎しみや恥ずかしさを感じながら、どうすればいいか分からなかった。26歳のとき、衝動的に坊主にした。それは自分を殺めることの代償行為だったと思う。現在の自分を受け入れられず、刷新したいがどう刷新すればいいか分からない。もちろん、坊主になっても何も変わらなかった。

演劇の創作に携わるなかで、自分の性質をだんだん理解するようになった。上演に向かう道程では、色んな人と言葉を交わす。「こういうときにこう発話する、こう行動する」と書かれているフィクションを真ん中に置き、それぞれどう考えるかを聴き合うと、お互いの行動の在り方、感じ方、そしてその現象と言葉の関係が人によって全く違うということを思い知る。「こう考えるのが普通ではないか」と言ったときに、誰かにとっては「別にそれは普通ではない」と思うことが、沢山ある。最初は、それが驚きだった。さらに、「別にそれは普通ではない」ということも、単に違うといっても、指し示す現象自体が違うということなのか、その現象と言葉の結び方が違うということなのか、どういう差異なのかがだんだんわかって来る。これを何度も繰り返すことで、わたしはわたしの何に困っているのか、少しずつ見えてきた。

困る性質のひとつは、目の前にないものはなかったことになってしまう、ということ。例えば、洗濯をまわす、やかんに湯を沸かす、風呂を入れる、その場から離れると、全然別のことを考えてしまい、洗濯は洗濯機に入れっぱなし、ほしっぱなし、やかんは焦げる、風呂は溢れる。コンビニに自転車で行って、自転車を置いて歩いて帰ってきて、翌日、自転車なんでないんだろう?と不思議に思う。傘は買ってもその日に無くす。手に持っていない荷物は置いてくる。など。今は4名で共同生活をしているので、困ることはだいぶ減ってきた。(ちなみに、うち3名は似た性質だ。火を点けっぱなし、風呂が水浸し、と言うことは日常茶飯事だが、他人の行動には気づくので、代わりに火を消したり、声をかけたりできるのでなんとかなっている。)あと、半ばあきらめているので、ものを無くしても忘れても、たとえばクレジットカードをガソリンスタンドのゴミ箱に捨てていても(なんで?)、驚かなくなった。ただ、目の前にないものに注意が払えなくなってしまうのは、人に対してもそうなので、すぐに仲良くなるが、すぐに忘れてしまう。そのことを寂しく思う。親の誕生日を覚えていたいのに、頑張って数日前まで何度も「メッセ―ジ送るぞ」と思っていても、当日カレンダーを見る機会がない場合、すっかり忘れてしまう。

目の前にないものはなかったことになってしまう、と多分近いことで、焦点を持つ大きな課題が目の前に差し迫っていないと、やることが無限にあるような気がして、何をやっていいか分からず混乱して不安になる、ということがよくある。これを書こうと思ったのも、今日まさにその不安に陥っていたからなのだが、そうしたときには、だいだい不安に思っていることを全部ノートに書くようにしている。今日は家にいても不安で落ちつかなかったので、カフェにノートひとつを持って行って、不安なことを書き出した。毎回そうだが、書き出してみると大したことはない。しょうもないことがひっかかって不安が増大していたりする。そして、不安な点が列挙されると、それをどうすれば解消できるか、相談に乗りたくなる(本人なんですが)。こうして、ノートに混線した頭の中を全部見えるようにすることで、いま、何が必要かがようやく分かり、安心する。

仏彫会に入って、「彫る」という行為が案外性に合っていると思うのは、目の前にあるからなのかもしれない。あるから、彫る、削る。木は減っていく。

一つのことからあれこれ派生して混乱したり、あちこちに関心が向いてしまう自分にとっては、「何かを増やしていく」ということは、少し怖い。だから、「すでにあるところから、より減らしていく、より最小単位に向かっていく」という方向の方が、安心するんじゃないか。

そのときどきで気になる動詞を胸にいだきながら過ごすことにしているのだが、2023年は、「許す」「待つ」「巡る」だった。中動態的な言葉を巡らせて過ごしたので、今年は少し能動的な動詞も考えたいな、と思っていた。「彫る」「削る」と共にしばらく過ごしてみようと思う。

武器輸出の閣議決定があった。終わらない虐殺、人手不足の被災地、一人ではどうしようもできないことが進行していく。今年の1月半ば頃、「もう、これからは戦時中と思って生きよう」と思った。といっても悲観的ではない。悲観的になるのは癪である。腹をくくった、という感じか。理不尽に人が死なないように、互いに助け合って、復活し合えるように、へこたれずに自分とうまく交際していきたい。自分という生き物の困りごとは、仕方がないのだから、そこは仕方がないものとして、一緒にご機嫌にやっていきたい。自分への暴力は、他者への暴力と同じだもんな。つい、暴力ふるっちゃうのだけど。