あの頃V系ロックと(2024/06/24)

「V系ロックと」としつつ、書きたいのはMASCHERAというバンドのことである。バンド名はマスケラと読みます。

オチ(?)を先に言ってしまうと、MASCHERAはおそらく売り方を間違えられたかわいそうなバンドだ。メジャーデビュー後はフルアルバム二枚で解散しているうえに、対バンイベントで解散を発表し(そんなことある?!)、二枚目のアルバムは解散が決まった状態でリリースされ、発売の6日後に解散ライブを行ってその活動を終えている。2000年3月のことだった。

90年代後半にヴィジュアル系(V系)バンドブームが来た時、私は小学校高学年だった。お小遣いが月500円の、地方在住の子ども。今のようにインターネットが普及する前だったから、お金のかからない手段で好きなものに触れるしかない。三種の神器はテレビ、ラジオ、雑誌だ。当時、私は主要な音楽雑誌の発売日をほとんど暗記していて、発売日が来るたびに音楽雑誌の品ぞろえのよい大型書店まで自転車を走らせた。uvは版が大きくて写真が見ごたえがある。B+Passは陽の雰囲気。viciousはダブル表紙でお得感があるのと100の質問がたまらない。フールズメイトはきちんとした音楽ライターっぽい人が書いていて、本物感がある。書店員の皆様には大変申し訳ないが、当時はたくさん立ち読みをしに行かせてもらった。その書店はCDレンタルも併設していて、レンタル落ちのCDが100円で買えるワゴンコーナーがあった。そこで掘り起こしたのがMASCHERAの8㎝シングルである。3枚目のシングルだった[ekou]を、100円で買った。ジャケットの裏に載っているメンバーが髪を赤や青に染めて化粧をしているという、それだけの理由で。でもそれがとてもいい出会いだったのだから、人には沿うてみよ、ワゴンは掘ってみよという感じである。ちなみに私はこのコーナーでcoccoの「クムイウタ」も掘り出している。第六感や嗅覚というのは侮れないと思うよ。

さて、家で聴いてみたらタイトル曲もカップリングも想像以上にいい曲で戸惑った。一応ドラマの挿入歌(主題歌ではない…)だったらしいが、そんなことを知る由もなく、このPVもyoutubeが普及してからやっと見られた。しかし、PVに予算をかけてもらえてないのがありありとみてとれるなぁ、乙女ゲーのスチル絵みたいだ…しかし曲はいい…。

当時、多少でも知名度があればバンドマンたちはレギュラーのラジオ番組を持っていた。テレビに出ることが稀な場合、ラジオは貴重な肉声が聴ける機会だ。私は新聞のラジオ番組表で、あのいい曲を作ったバンドが日曜の深夜のAMで30分の番組をやっていることを知る。タイマー録音機能付きのラジカセも持っていなくて、ラジオは自力でリアルタイムで聴くしか手段がない。少しでも音声がクリアに受信できるよう、窓辺に置いたラジオの角度を回転させる。AMは特に受信が難しい。日曜の深夜に必死に眠気に耐えながら(3回に1回は寝落ちして)、父親のお下がりのヘッドホンでCBCラジオを聴く。AM特有の、人の声が混線したようなノイズが混じるのが、また眠気を誘う。が、番組が始まれば楽しくて一気に目が覚める。彼らは姫路出身の、ボケ・ツッコミの緩急がきいた喋りの愉快な人たちで、特にベースのHIROがドラムのTOMOちゃんに無茶振りをするのが恒例だった。キツい下ネタや内輪ネタ、CDやライブの過度な営業もなく、今思えば地方民が置いてきぼりにならない(くらいくだらない)話ばかりしてくれていた。ファンの近況や悩み相談、ダジャレ投稿などのハガキをたくさん取り上げながら、4人がゲラゲラ笑って盛り上がるのを毎週布団の中で笑いをこらえながら聴いた。私も一度だけハガキを読んでもらえて、メンバーに飲み物を吹き出すくらい笑ってもらえたのは、今でも人生の嬉しかった瞬間ベスト10に入る。

4枚目のシングルの「ラストフォトグラフ」ではMステとHEY!HEY!HEY!などの結構メジャーな音楽番組にも出ていたと思う。Mステは最後の出演者(トークのない枠)で残念だったけど、MICHIが着ていた真っ白なロングコートのきらめきと、イントロでニコニコと笑ってカメラにファンサするTAKUYAをいまだに覚えている。当時はまだまだTVの影響力や存在感は圧倒的に強くて、そしてV系バンドはクラスメイトや親からは認められにくい(蔑まれやすい)音楽だったから、好きなバンドがTV番組に出ることは自分の好きなものが少し市民権を得たようでうれしかったのだ。特別な意味があった。PVもここらへんからきちんと予算がついた感じがある。

この年の秋に出た1stアルバムの「iNTERFACE」(今迷う事なく一文字目を小文字にした自分に気づいて震えた)を、親からもらえる翌年のお年玉を前借りして買った。何度も聴いて、その度にケースからディスクを出し入れしたから、あの乳白色のスリーブの感触をまだ覚えている。初回特典の、メンバー4人が映った大判のステッカーはもったいなくてとても貼ることができなかった。このアルバムのAmazonレビューが、この盤の位置づけを理解するのにとっても端的で読みやすいので引用させてもらう。

このアルバムは、インディーズ時代の彼らの音楽性、世界観が好きだったファン、もしくは知っている者からすれば、かなり衝撃的な作品であるだろう。何せインディーズ時代には難解な文学的詩世界を唄っていたバンド。ダークで無機質、退廃的、機械的でグロテスクなサウンドや世界観をウリにしていたバンドがメジャーに行った途端、愛や恋だのメロメロ恋愛系の歌詞に様変わり。女性コーラスもバリバリ投入される始末で、もはやインディーズ時代のMASCHERAとメジャー移行後のMASCHERAは全く別物の音楽性と言っていいだろう。

ヴィジュアル系バンドは、メジャーに行くと必ずと言っていい程音楽プロデューサーが付き纏ってくる。一応、メジャーシーンでも充分勝負出来るように、音作りのアドバイスやアレンジメントのアイデアをサポートしてくれる存在なのだが、時としてアーティストの本来の音楽性をも大きく揺るがす程干渉してくる場合がある。このバンドのプロデューサーもその典型で、アレンジメントはおろか作曲までこのプロデューサーとの共作という残念な形に…。当然、プロデューサーのアイデアであろう女性コーラスも乱用されてしまい恋愛系の甘ぁいメロメロな歌詞に変更され…。この辺りが許せるか、許せないかで評価が大きく別れてしまう作品だ。

だが、俺は何故かコレを許せてしまう。元々歌詞にあまり重要性を感じないオマケ的な存在と捉えているせいか、ほとんど気になる事はない。それに楽曲の完成度がかなり高い上に、ボーカルMICHIの歌唱力が抜群に高いので充分に満足出来る迫力のある作品だ。

そう、満足のいく大好きなアルバムだったが、確かに不自然にげろ甘な歌詞のラブソングも何曲か含まれており、デビューしてから1stアルバムを出すまでの間、おそらくメンバーにとってはやりたくない事も多分に含まれていたんだろうと思われる。このプロデューサーとの関係はこの後出した5枚目のシングル「to fly high」が最後になる。

回顧的に見れば、解散までこの時点で1年を切っている。以降はセルフプロデュースとなり、2枚のマキシシングルをリリースした。1stアルバム収録曲に比べると、いずれもだいぶドロドロしていて爽快感も救いもない。私は最もポップだった時期にMASCHERAを聴き始めたのと、まあなんといっても中学生で、キャッチーでメロディアスでポップなもののほうが入りやすかったため、当時なんだか戸惑って少し興味は薄れ始めていた。今聴くとスルメ系なのは断然セルフプロデュース時期の楽曲なのですが。

そして解散。バンドの解散というのはファンにとっては阿鼻叫喚な出来事のはずだが、当時私には一緒に悲しむMASCHERAファンの友人もなく、彼らは彼らで(驚くほどに)いつもの調子でラジオをずっと続けていて、地方の学生には東京で行われる解散ライブに縁があるはずもない。良くも悪くも情報が少なかったから、私は必要以上に悲しむこともなかった。というか、「バンド」というものが「解散する」という事象をどう取り扱っていいのか、中学生の私には正直な所、よくわからなかった。

私はこの後、高校生になり、大学生になり、中村一義と100sを聴いたり、オフィスオーガスタ系にどっぷりいったり、くるりはずっと好きだったり、syrup16gもcoccoも好きだったりした。謎に大塚愛と矢井田瞳とYUKIとaikoを繰り返し聴いてた時もある。ポータブル音楽プレーヤーの容量が増えるとともに、特定のアーティストにがっつりハマることはなく、J-popをわりとなんでも次々聴いた。TVからも段々音楽番組は減っていき、CDがミリオンセラーになることも珍しくなって、「オリコン初登場1位」というフレーズもあの頃ほど意味を持たなくなった。


MASCHERAは2012年に2回だけ復活ライブを行っている。私はその時は東京にいたくせに、割とブラック気味なところに就職してしまった多忙さゆえにこの情報はすっかり見逃し、2回ともチケットが取れなかった。なので後から映像を見たり、行った人のライブレポートを読むに留まったが、既に音楽業界から引退していたGt.のTAKUYAはMCでこんな事を話していたと知った。

TAKUYA「MASCHERAが12年ぶりに復活というのにこんなに集まってくれてありがとうございます。正直な話をすると、この業界から引退したときにギターを見えないところにしまってました。今回今お世話になってる人の後押しもあってやろうと思えました。そのトラウマを取りなさい、やってきなさいって言われて。 MASCHERA解散して12年やけど、 ギターは6年ぐらいブランクあったんや。 だから今日はMASCHERAの楽譜見て、コピーさせてもらいました!笑 うまくカバーはできてたでしょうか?笑 もうほんまになんでこんな難しくしたんやって後悔しましたよ、もっと簡単でカッコイイの(フレーズ)はあるのに笑 まぁみんな笑顔でライブができてますね。でもな、一番笑ってるのは俺の膝やからな笑 ガクガクやで笑」

TAKUYA「あ、HIROも笑ってるみたいやな。 生まれたての小鹿みたいにな笑 今日のおかげで、また明日から楽しくギターが弾けそうです、 ありがとう!」

(ブログ「気まま猫草」より引用)

いろんな意味で泣きたくなるようなMCだ。

20代半ば頃から、胎内回帰のようにまた楽しくV系を聴くようになったのだが、なんだかどうしても罪悪感がぬぐえなかったのがMASCHERAだ。急速に方向転換した音楽性の意味や、発表から解散があれだけ急だったことの意味が少し想像できるようになっていた。私はTAKUYA氏のファンで、この人がそれだけの反動を受けるほど、真剣に取り組んだ音楽を無邪気に表面的に、ほとんどタダ乗りのように消費していた自分が、本当はずっと恥ずかしい。何千文字も費やしてこうして文章を書いてるのも、誰に対して唱えればいいのかも謎な贖罪をしたくてしょうがないのだ。あの頃、いい大人でも苦しみながら、様々な制約や事情の中でしっかり生きようとあがいてるなんて、考えもしなかったな。頑張ったところで、幸せになれるとは限らないということも。あまり音楽を聴いて泣いたりするタイプではないのだが、MASCHERAの曲はこういう個人的な心の襞をくすぐってくるところがあって、orbitalとかを聴くとちょっと鼻がつーんとする。

復活ライブの時のタクちゃんは四十前くらいだったと思うので、長い人生の半分あたりのところで心の仕切り直しができたのならばよかった、遅くなかったと思いたい。

解散直前にリリースされた2枚目の、そして最後のアルバムとなった「orb」のAmazonレビューからまた引用させてもらう。

マスケラのメジャー2ndにしてオリジナルとしてはラストアルバム。前作よりヘヴィに、ダークになった印象。独特の妖艶なメロディと歌声が素晴らしい。それでいてキャッチーでカッコイイ。アジアンテイストも盛り込まれており、世界観は実に緻密。このアルバムでこのバンドは最高の力を発揮したと思います。

私もそう思います。

彼らはひたむきに、やれるだけの仕事をして、そして愛されていたと思う。短かったメジャー活動期間も、ブームの中で見ればそこまでふるわなかった売上も関係なく。ここに貼ったPVはテイチクのYoutubeチャンネルが公式に出しているものだし、そこにつくコメント欄は懐かしさとバンドへの愛情が各々の言葉で綴られていてなんともみずみずしい。一部のインディーズ時代の曲を含め、多くの曲がいまだにデジタルであれば購入もできる(ありがたく買わせていただきました)のも、売り上げが望めるというだけでなく、彼らの音楽を愛した関係者がきっといたからなんだろうと願いたい。最近また少し生きづらくなっているから、また曲を聴きます。50歳を超えた元メンバーたちが、元気に幸せに生きていたらいいなあと思います。