15年ほど使い続け、8万ツイートにのぼっていた。それでも自分にとってあまりに面白くない投稿や話題ばかり、強制的に読まされるので、何も余暇時間で苦痛を味わうこたないだろと思い至った。いまや友人の投稿の頻度もけっこう減っていたし、知り合いは他の連絡先ももってるし、まあこのまま後戻りせず慣れていきたい。
日常ふと感じるのは、悪態をつく先がなくなったなということ。どれだけ気軽に不満を述べて、悪態をついていたのか、そしてその割にストレス解消というメリットがなかったか、やめてからわかった。もちろん今でも毎日のように腹は立つ。話のわからんやつだなとか、よくこんな事恥ずかしげもなく聞いてくるよなーとか、でも悪態つくだけで変わる事態もない。働きかけるか、戦略的に逃避するか、能動的に選ばないと目の前の問題は片付いていかない。
ちなみにアプリを消すだけではブラウザでガンガン見てしまってだめだった。やはりアカウントごと消す必要があった。
時間が空くので、小さな家事がためこまずできるようになった。少しずつ本も読めて、以前より気持ちよく朝を迎えられるようになっている。そして翌日の荷物・洋服の準備もしてから眠ることができているので、朝バタバタしないし忘れ物も減った。文字情報のインプットの量は減ったがなんだか生活の解像度は上がった気がする。
現実の話。出戻りした職場はタイミング悪く突発トラブルによる強制繁忙期に入ってしまい、自分のストレスもたまるし周りにも(浦島太郎状態の私が入る事で)ストレスを与えてしまい歯軋りギリギリの毎日。周囲が善性の人たちなので何とかやれている。人間ができているよ本当に。
前職の最後の半年間で、体を燃やし尽くすようにやった仕事も先日ようやく日の目を見た。これまで様々な事情(自分の実力不足も含む)で何度もお蔵入りになってきたことがあったので、ああ、よかった…と胸を撫で下ろしている。別にこれで世の中が変わるわけでもないし、すでに離脱をしてしまったわけだけど、噛みしめるくらいさせてください。