移動紀行文①

昨年、人生で生まれて初めて海外に行った。国際学会で一週間の出張、行先はヨーロッパの小国である。

海外に行った事がないというのは少しコンプレックスになっていた。「今まで、どうして?」と聞かれるのもなかなかつらい。答えられる理由は①育った家庭は子供を海外に連れていく発想や財力がなかった、②自分も日本以外の国に関心がなかった、③国際学会に行かせてもらえるような見込みのある大学院生ではなかった、④海外ブランチに行かせてもらえるような目立った仕事をしてこなかった、の4点である。どれもつらい。

とはいえ学会は行ってしまえばやることはずーっと同じで、別にここで書いても仕方ないから、準備と、片道24時間をかけた大移動を記録に残しておければと思う。

いざとなったらオンライン開催で参加しようと思いながら申し込んだ某学会に「旅費を出すから現地で行ってこい」となったのは、開催の3か月前であった。ああ、大学生ならここで「海外行った事ないんで、一人じゃ怖くて行けません」と言えそうだが、30代後半でそれは痛すぎる……。こういう日がいつか来ると思っていた。ついに来た。

世の中の人の大半が外国から生きて帰ってきてるから大丈夫さと自分に言い聞かせながら準備を始める。弊社には出張をアレンジしてくれる人など存在しないので、すべて自己手配だ。その中でわかったのは、ひとくちに「海外に行った事がある」と言っても、ハワイやグアムに行くとか、台湾や韓国にちょこっと行くとか、新婚旅行で一度だけヨーロッパにツアーで行ったとか、そういう人も多くて、全力自己手配で、乗り継ぎもあり、現地に行ったら即仕事(または学業)、という人はそこまで多くはないということだった。これ以降は、留学や現地居住の経験のある人の話が一番役立った。

行き先は直行便がない国だったうえに、昨今の円安もすさまじく、最短で行ける航路はエコノミーで50万を超えた。それでもロシア上空を飛べないから通常より4時間は長くかかる。無理。仕事のあいまにスカイスキャナーとBooking.comをにらみつける日々。最終的に、時間を犠牲にした。ドバイで乗り継ぐエミレーツ便をおさえた。そして宿泊。会社から支給される宿泊費は最大で1万円/泊だったが、日本での感覚だと5000円クラスの宿になってしまい身の危険もあるため、到着日に空港近くで寝るための宿を除き、自腹を切ってきちんとしたホテルをとることにした(結果的に正解だった)。

コロナ関連の入国制限はひととおり緩和されていた頃だったが、何せ一人で乗り込むので、何か書類や申請が足りなくても誰も指摘してくれない。怖すぎる話。シェンゲン協定国でビザは不要、ETIASが導入されるのは一年先のはずだったが、それが本当に正しいのか、何度も何度も確認した。大使館に問い合わせようかと思ったくらい。

パスポートは若干複雑なことになっていた。前職のとき、海外支店も多くあったので、いつ必要になってもいいように、過去に一度10年パスポートを作っていたのだ。あと2年あるからパスポートは大丈夫だわ〜と高をくくっていたら、旧姓のじゃないですかこれ!飛行機のチケットの名義と一緒であれば、旧姓のパスポートでも渡航には問題ないという意見もあったが、旅行保険とか出張費申請とかで名前違うと揉めそう。それなら今できることをやっとくのが大人の最適解だ。くそくそくそが!と思いながら真夏の都庁パスポートセンターで3時間並んだ。姓を変更する場合は新規発行になるので、オンライン申請もできないんです。こういうことがあるたびに、夫を恨みそうになってしまう。くーそー。

並行して荷物も作っていかなければいけない。まずはヨドバシトラベル館にスーツケースの下見に行き、自分で取り回しできる限界サイズを理解する。私は小柄な方なので、60-70lが上限だ。購入しても継続的に使わないことが予想されたのでレンタルサービスで申し込み。10日間貸し出しで8000円ほど。軽くて目立つオレンジ色のスーツケースにした。機内持ち込みにはnearly上限サイズの無印良品のスクエア型リュック(Uber Eatsのバッグみたいな形)をチョイスした。この頃やたら「現役CAがおすすめする海外に持っていくべきもの5選!」みたいな動画ばかり見ていた。硬水でも洗える衣類洗剤とネックピローを友人が貸してくれた。身につけるパスポートケースや、腰用のクッション、洗濯物を干すピンチ等は有楽町トコーで購入。なんか洗濯のことが頭から離れなくなり、折り畳みバケツを買う。言葉の問題から目を背けるように、YouTubeで動画ばかり見てはトラベルグッズを買い漁る日々。知能が下がっていくのを感じた。最後まで購入を迷ったのは携帯湯沸かしケトル。次があったらね、待っていきますね。お湯が手に入らねぇんだな、海外の宿。

そして生まれて初めて食べる機内食!エミレーツは特別機内食が豊富なので、あれこれ見比べて、ユダヤ教ミールやら低脂肪ミールやらインド風ベジタリアンミールやらをあれこれアレンジ。何せ片道で4回も機内食が出るのだ。味わい尽くしたい。アプリから食事を予約するのがわかりにくくて辟易したが、そらを乗り越えても特別食を食いたい俺……。

そうして出発の日を迎えたぞ。つづく。