シャンプー

fukikirisawa
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ごそごそという身じろぎが伝わって来て、ふと目が覚めた。このところの譲介は夜まで職場に缶詰状態で、午前様の帰宅も、おかえりとただいまのない夜も初めてでもない。どうせまた明日の朝には出て行くのだから、さっさと寝かせてやるべきだ。そう思って口を噤んでいると、年下の男はTETSUの身体の上に乗って来た。ナニしやがる、この馬鹿。いくらベッドの上とはいえ、寝しなの病人をひん剥いて好きにするつもりならこっちも考えがある、と拳をうずうずさせていたら、譲介は、徹郎さん、と小声でこちらの名前を呼ぶと、胸の上で頬を付けたまま、動かずにいる。どれくらいそうしていただろうか。いきてる、と小さく呟いて、譲介はそのまま寝息を立て始めた。このヤロオ……。期待させやがって、とは舌を噛んでも言いたくはない。自分の身体は自分が一番良く分かってると言いたくとも、ポートが腹に埋まっている今は、まだ心もとない。鎮静剤入りの点滴が利いているのか、午前様の譲介が帰って来るのにも気づかなかったのが、その証左だ。徹郎は身体をそっと起こし、寝入ったばかりで眠りの浅いはずの譲介の身体を横へずらす。薄暗い寝室で、伸びた前髪を撫で、形のいい頭を撫で、頬を撫でる。指先に感じられる健やかな暖かさ。腹膜播種を患い始めたばかりの頃は、鎮静剤としてモルヒネを打つようになった自分に嫌気がさしていた。身近な人間は悉くが鬼籍に入っていたせいもあったのだろう。生きていくことに意味を見いだせず、死に際を見定めたような気になって、希死念慮よろしく安楽死のノートを書き綴っていた。あれだけ馬鹿にしていた『弱さ』に取りつかれていたのだ。あれから十五年。もう十分生きたと思ったあの瞬間に、まだだ、まだ生きろ、と。その先の時間を繋ぎ止めるような手紙を寄越した年下の男と、また同じ屋根の下で暮らしている。ポートが取れたら、あなたを全部ください、と譲介は冗談めかした口調で言う。ソッチの方の覚悟はまだ出来てねぇよ、と胸の中で思いながら、丸くなっている譲介の背中にくっついてみる。襟足は少し湿っぽく、いつもと同じシャンプーの匂いが鼻先を掠めた。隣合った体温は、春先の光のように徹郎を暖めている。

@fukikirisawa
譲テツのオタク:2023年の振り返りで書いたものを再放送しています