映画『彼方のうた』(監督 杉田協士)を観た。
杉田監督の映画を観ると、見てよかった〜という気持ちと、見てもよかったのかな、という気持ちが同時に起こる。
それは、人が一人でいるときの顔が映っているから。これまで長編4作観てきたけど、今作が一番そう思った。
主人公の春は、最初のシーンから変な人物に見えた。変わった人。ヘンテコなサングラスをかけていて、偽物のスパイみたい。他人の後をつけているシーンで、最後に全身が映ったとき、明るい卵色の上着に目立つ柄物のスカートを着ていて、ちょっと呆れた。
杉田監督の映画は、セリフも状況説明も少ないので、登場人物がなぜその行為をしてるのか、そもそも誰なのかがよくわからない。
べつに謎解きをさせられてるわけじゃないから、景色を見るついでみたいにぼんやりと、この人はどういう人なのかなって考えながら観る。知り合いのあの人に話し方が似てるとか、今の話は嘘ついたのかなとか。そうやって一方的に春を観察する。
声のトーンが明るくて、人当たりも良さそうだし、カフェで隣り合った人と和やかに会話もできるけど、やっぱりちょっと変な感じがずーっとする。座りが悪い。
芸術系の連続講座みたいなものを受講しているシーンが度々挟まるんだけど、そのときは、春がいつもと違う顔をしてるような気がした。どういう経緯でその講座を受けているのか知らないけど、いつもよりも居心地が悪そうで、それを隠しきれてない感じがした。
そして雪子と上田でかた焼きそばを食べるシーン。春の動きが速い。店員さんが食べ方の説明をしてる最中からお酢に手を伸ばし、雪子より先に割り箸をパッと取り、お箸ケースを雪子に寄せる。そんなのを見ていたら、なんかこの人、一人で過ごしていた時間がものすごい長かったんじゃないかなと感じた。
そう思ったら、最初は変わり者に見えてた春のことが、ヘンテコだけど普通の人のようにも見えてきて、よくわからないけど泣けてきた。自分に似てるような感じもしたし、同時にものすごく知らない他人だとも思った。
ラストシーンの春の顔、何度も頭の中で思い出していると、見ている自分の顔と混ざってくる。またあの、他人の春の顔が見たい。
【短歌】