1週間の感想_20240317-20240323

文月
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今週もまた過ぎ去ってしまった。今週はのんびりしていた割に、得るものは多くなかった。くるはずだった連絡が来なかったりして、いっそ早く楽になりたいと思っていたりしたら、日曜日まで来てしまった。

待つということから遠く離れてしばらく経つ。いまその復権をしたいとは思わないが、それが生じた時に自分のリズムを崩さないようにする、という技能は必要だと感じる。

本を読むことは、待つことの良き友かもしれないと思う。優れた物語はその中に自分を招き入れ、現実の時間経過を忘れさせてくれる。難しい理論は筆を取ることを求め、それはそれで時間を持っていってくれる。いま僕に必要なのは、よい本と、紙とペンかもしれない。

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海にひとつ帆を上げしあり浪より低し悲しや夕陽血に似て滴る

全集収録と大正元年刊行の『死か藝術か』で、歌の順番がごっそり異なる箇所がある。この日のノートにも書いたが、118番の歌から8首をひと塊に、1ー2ー3ー4(大正元年)が2ー1ー4ー3(全集)になっている。

自分は全集を底本として読んでいるので、ノート中では「海にひとつ」を118番としているが、最初刊行した時にはそれは126番においてあった歌、というわけだ。

歌集での収録順が変わると何が起こるかというと、歌の解釈や読み味に変更が生じる。「が変わる」というやつだ。

初出当時に牧水の短歌に親しんでいたひとびとがどのような媒体でどのようにその歌を読んでいたかわからないけれど、少なくとも歌集を読んでいた人たちにとっては、前後のつながりのなかで歌を読んでいるはずだ。

つまり、大正の青年たちは、

行くにあらず歸るにあらぬ旅人の頬に港の浪蒼く映ゆ(全集133番)

海にひとつ帆を上げしあり、浪より低し、悲しや夕陽血に似て滴る(全集118番)

の順で読んでいる。

いま全集で

見てあれば浪のそこひに小石搖れ靑き魚搖れわが巖うごく(全集117番)

海にひとつ帆を上げしあり浪より低し悲しや夕陽血に似て滴る(全集118番)

の順に読んだ自分とは、たぶん全然違うものを見ているのだ。

読んだ歌を、改訂するのではなく、その順番を変えることで「編集」をしたのは石川啄木だ、という文章を、『岩波現代短歌辞典』で読んだことがある。

また、<東海>歌の例のように、作歌の時点での歌の意味を変更する可能性が、歌集『一握の砂』を編集する時に自覚されることになった。この編集による歌の場の変更は、作歌の年次にとらわれずに歌を配列し、物語的な虚構によって自己の像を演出するという『一握の砂』の方法を生み出すことになる。(『岩波現代短歌辞典』P54)

『一握の砂』は明治43年の刊行なので、『死か藝術か』よりちょっと前である。そんな記述があったわけではないので自分の妄想だが、牧水が啄木のそういう技法を学んで並びを変えたものを、後になって戻した(あるいはその逆で、年次順に並んでいたものを、後でちょっとずらした)のであればそれは面白い編集の表れだと思う。

現状、実際の作歌のタイミングとして118番「海にひとつ」と126番「深きより」のどちらが先だったのか、調べはついていない。それがわかれば、編集があったのは(編年体でない並びにしたのは)大正元年版か全集版かわかるかもしれないが、今の自分にはそれを追いかけるだけのリソースがない。

いつか明らかにしてやりたいと思っている。せめて、牧水全作品データベース(コーパス)を作る時にはその情報も入れたい。入るだろうか。夢見るのは自由である。

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来週こそはやきもきしていた連絡が来るはずで、それが来ると再び動き出す頃合いとなる。体も動かして、心も稼働させつつ、歌を読んでいきたい。

どうか花粉症がちょっとはマシでありますように。