因習村。『因習』とは世間一般的な人々からは忌避される古いしきたりのこと。そんな古いしきたりに則って運営されている村が因習村。人里離れた閉鎖的な空間だからこそ独自の倫理観がぐつぐつ煮込まれ独自の発展を遂げ先鋭化していく。自浄作用のない底無し沼。狂った村で生きるためには自分も狂うしかない。
そんな村に行ってみよう!
ということで入村してきました『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』。因習村でどったんばったん大騒ぎすると聞いてやってきました。いやあ、因習村!皆さん因習村ですよ!古くからの法が幅を利かせる因習村と妖怪の相性はバッチリ!皆さんの因習村はどこから?私は、私は、どこだ?たぶんホラー系の何か。ホラーというジャンルと相性良すぎなんですよね、因習村。人ならざるもののねぐら!潜みやすい!やったね!実際開始5分ぐらいはホラー色強かったと思うんですよね。この演出、ホラー映画であるやつ…と身構えていたけど鬼太郎なのでやさしめだった。全編に渡って思ったことだけど、長らく子ども向け作品としてやってきた鬼太郎を大人向けに作ったわけだけどやっぱり子ども向けだと思って観に来る層もいるわけで(そして当然その層も客として狙っているわけで)、そのへんの落としどころが絶妙だったなと思うわけです。過度に大人寄りでもなく、本来の層もある程度楽しめる(はず)。というか鬼滅が見られるならいけるレベルだったと思う。鬼滅の映画も同じPG12。このラインを見極めて作られたと思います。
昭和。煙草で煙る画面。キラキラ昭和レトロとはかけ離れた薄汚い都会。そこから水木は煙草をスパスパしながら因習村こと哭倉村にやってくるのですが、いちいち村の情景が美しい。どこを切り取っても古き良き日本の景色で、観ながらちょっとそれを楽しんでいた自分もいる。煙ったい都会からなくなってしまったものがクソクソ因習村には残っているんすね。まあ全部燃えるわけですが。燃えろ燃えろ~!そのへんの美術さんのお話読みたいけどパンフに載っているんですかね。パンフ難民なので確認すらできない。どこだパンフ。
で、水木♡かわいいね♡いや本当にかわいい。煙草スパスパ吸ってふつうにポイ捨てしちゃうところ、昭和の倫理観で良い。汽車内でもゲゲ郎のファインプレーがあったから吸わなかっただけで、咳き込んでる女の子いても最終的に吸おうとしてたと思うし。でも別にそれはおかしなことではないし、当時のそこまで特別でもない人間って感じがして良い。あくまで水木は普通の人間。だから、水木が味わった無力感は当時の日本ではそこまで珍しいものでもなかったと思う。戦争に負けて、矜持も自尊心も何もかもを折られて生きる人々。そのなかのひとりが水木。二度と搾取されないために搾取する側へと至ろうとする野望。それを抱いていたのは水木だけではない社会。だから、24時間戦えますか、なんて言葉が似合いそうなMが幅を利かせるわけよ。そんなMも徹頭徹尾禍々しい方法で作られていたわけで、それをありがたがる人々もまた禍々しいよねって話。水木曰くつまんねえってこと。そういえばM作成のために連れ去られて死ねなくなった人々の中に汽車で乗り合わせたであろう咳をしている女の子とその親がいて趣味悪~♡ってなりました。登場人物みんなそれなりに救われない(みんなの事前情報よりは救いはあったけど)、けどそのなかで生まれた希望が鬼太郎なんだろうなあ、と。
村に来たばかりの水木は野心マシマシで、第一村人である沙代さんにいい顔をします。でもそこには確かに彼自身が本来持つ善性を見いだすことはできると思うんです。村で上手いことやってやろうという下心だけで起こした行動ではなく、単なる親切心もそこに含まれていたからこそ、沙代さんは恋に落ちてしまったんだと。基本的にごく普通の善の大人なんだよね水木。大人として沙代さんと接して(まあこの辺のアレコレは後で)、時ちゃんとお話して、ゲゲ郎に石投げた子どもを怒鳴りつけ。本当に普通の良い人。そんな人を狂わせたのが戦争。差別を生む社会の仕組み。沙代さんとのやり取り周りに水木の歪みが見えて見えて…。自分を愛せない人が誰かを愛することはできないというか。“愛する”という言葉がしっくりこなければ、“肯定”と置き換えてもいいかも。玉砕を命じられた水木は自分を肯定できなくなっていて、存在価値を見出だせなくなっていて、だからこそ強者へと生まれ変わろうとしたわけで。そうすることで自分を愛せる、肯定できる、存在価値のある者と再定義しようとした。
そんな彼が本当の愛というものを知る成長譚だと思うんですよね、この映画は。
因習村名物!村を牛耳る一族の当主の死!これまで絶対的な権力によって因習村を支配していた王の崩御により村のパワーバランスは崩れます。混沌としたなか執り行われる葬式。完全なる部外者である水木をねめつける参列者の瞳。いやあ、排他排他。完全アウェイだけどその程度でめげるならこんなところにいません水木強い。最悪な雰囲気のなか顔を揃える一族の面々。これまた因習村の因習一族っぽい。そして遺言公開後の醜い争い。醜い~♡ってニコニコしちゃった。やっぱり因習村はこうでなくっちゃ。
一族みんながみんな醜いけど、みんながみんなあのジジィの被害者でもあるんだろうな、と。特にあの一族の女として生まれてしまったらもう地獄。あの村は地獄と同じ。逃げも隠れもできない地獄。生き残るには自分も加害者になるしかない。そして、かつての自分と同じ被害者を生む。被害者がえんえん泣いたら「自分だって同じ目にあったんだから」ぐらいなこと言いそう。そこにいるのはかつて泣いた自分なのにね。まあそんな自分忘れないと正気保てないだろうけど。いやもうみんな因習村でくるくるに狂ってはいるけど、因習村倫理観だとまぁそんなもんかになっちゃうから。泣いて泣いて、自分も加害者になるしかない。自分もやるしかない。そうなんだよね、沙代さん。
そうこうしているうちに長男が殺され、真打ち登場ゲゲ郎です。
拙者因習村に惹かれて映画館まで訪れたわけだが、同じぐらいバディものが大好きでござる。バディものと聞けばとりあえず手を出す時期もあったほどであり、今も大体そんな感じです。バディもの大好き。バディものの醍醐味はふたりはプリキュアしているところですが、その前段階、ふたりはプリキュアになるまでの歩み寄り期をどれだけ丁寧に描くかも大切です。ここを疎かにしてしまうとなんか知らんうちに仲良くなってる…こわ…なんで…となります。最初は険悪だったり利害関係のみだったりしたふたりが歩み寄り背中を預け合う相棒となる過程もまた得難い。だってこの歩み寄り期、仲良くなったらもう見られないものですからね。本当に一瞬のきらめきです。それを拝ませていただき、ありがとうございますゲ謎。因習村とバディもの。松阪牛と神戸牛です。肉と肉。勝てないですよ。
見覚えのあるやつの首が目の前で胴体とサヨナラするのはちょっと…というかそもそも近代化日本で私刑はちょっと…となりその場を収めた水木は自らゲゲ郎(命名水木。頭おかしくなりそう)を見張ることになりました。そこでお互い騙したり出し抜かれたり助けたり助けられたり、背中合わせで共闘を約束し、最初はただの利害関係の一致で結ばれたふたりが仲を深め…。
頭おかしくなるで。
なんやろうな、上でこの映画は水木が愛を知る話だって書いたけど、同時にゲゲ郎もまた違う愛を知る話でもあったよね。愛の話なんすよね。ゲゲ郎は奥さんを愛していて、奥さんが全ての行動指針。奥さんが全て。でも、鬼太郎が生まれたことで、息子が生きる世界を、そして水木と過ごしたことで水木が生きる世界を守ろうと。愛の規模が、めちゃでかくなった。ビックラブ。水木は今回の出来事全てを経て、ようやく自分を愛せるようになったのかな、と。そのラストが鬼太郎を抱き締める図に繋がるのかな、と。このへんはもう一回見て色々考えます。ゲゲ郎の愛。水木の愛。
で、沙代さん。沙代さんよ。まさに被害者から加害者へとリアルタイムで変貌を遂げた方。そりゃみんな殺せ~!って感じでカタルシスたっぷりだったけど、まあたぶん親世代も同じく被害者から加害者へ転じた経緯は想像できるので。ま、一族もとい村がこれまで溜め込んだ怨念はどこかで必ず精算されるものであり、そのタイミングに生まれたのが沙代さんだったってだけかな、と。そりゃ皆殺しにすべきで、というかもう沙代さんはあの時点でもうどこにも行けなくなっていて、だったら全部終わらせるしかないんですよね。一族も村も水木も。沙代さんにとって水木はまさしく『運命の人』だった。閉鎖され搾取されるだけの人生に現れた王子様。自分をただの娘として見て(あくまで“娘”であり“性的対象”で見ていない、見られることがないって分かったからこそ好きになったのかもね)、自分のことを何も知らなくて(水木の前ではただの娘でいられる)、自分を利用しようとしているけど人の情を持っている(その自分への負い目を沙代さんはきちんと利用するから強いよ)。そりゃ恋愛感情を持ってしまうし、自分をこんなクソみたいな村から連れ出してと乞い願っちゃう。このタイミングで現れるなんて、もうそうとしか思えない。自分を助けに来てくれた王子様にしか思えない。
けど、水木にとって沙代さんは運命の人ではなかったのでこの話はおしまいです。沙代さんは水木を運命の人だと思ったけど、なってくれなかったので。なれなかった、とも言う。それほど水木が戦争から受けた傷は深くて、ずっとずっと残っている。もしこの事件のあとに出会っていたらまた違う展開もあり得たかもしれないけど、ここで沙代さんと出会い、こんな別れにまで至ったからこそ水木は鬼太郎を抱き締めるシーンに至ったわけだから、そういうことです。運命の人になってくれなかったね。このへんももう一回見てから色々考えたい~時間作るぞ。
他にも細かいところだと、クソクソジジィが時ちゃんの体を乗っ取って色々していたけど、あのとき顔も声も時ちゃんのまんまでやっていたら最悪だったな、とは思いました。絵面最悪だったよ。でもそんな最悪も見てみたかった。
とりあえず文字にしようと思ったけどとりとめがなさすぎる文章のまとまりになってしまった。なんだろうもっと因習村ポイントとか上げてふむふむするつもりだったのに。でも最後に村が壊滅したのはとてもよかったです。
たぶんまた追記したり別で書いたりする。こわいよゲ謎。ゲゲ郎と水木のバディ子育て因習村撲滅記を4クールで見たいです先生。