ぼくの生活から坂がなくなった。平らな道路を歩き、高低差があまりないところを鉄道で移動する。そんな毎日になった。この春までぼくの日常を大きく左右していた坂。日々の哀しみやせつなさは坂道に飲み込んでもらっていた。夜になると月のかけらを坂道でひろっていた。
喪失感は徐々にやってくる。潮風がビル風に換わってぼくは表情が平坦になったような気がする。それはただの変化だけど、なにかとてつもなく大切なものを失ったのかもしれないと感じることもある。ここではないどこかへ行きたいという気持ちが湧いてきたなら、その気持ちの火を絶やしてはいけない。どこかがどこであるかなんて関係ない。飛び乗った電車が確固たる雲を追いかけてくれることだろう。