02月11日(水)

futatabinidoto
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公開:2026/2/11

 なにかに不満を言っているのってめっちゃ楽。実はね。

 だって私の人生がうまくいかないのも今日のごはんの味付けがいまいちだったのもゴミ捨てに間に合う時間に起きられなかったのもトイレットペーパーを切らしたのもヘンな姿勢で座って足がしびれたのも取引先に怒られたのも目元に小じわが増えたのも名前がおぼえられないのもネイルが剥がれたのもお隣のわんちゃんが警戒心強めでぜんぜん懐いてくれないのもぜーんぶ上司のせいだもん!

 うんうん、怪しい人にちゃんと吠えられてえらいね。

 転職したら上司も環境も評価システムもすばらしいので結果的にただシンプルに唯一の「私の能力が求められるクオリティに対して追いつかない」という一点にすべての苦しみが集約されている。苦しい。難しい。逃げられない。

 いや、別にできると思っていたわけではないので「こんなはずでは」と思っているわけではない。

 「私がなりたい私はもっと、こうではないはずなのに、私が今すでに十全にさまざまなことができるという前提でほめそやされること」も、かなりしんどいことではあるのだが、ほめてくれている人を悪しざまに言うようになってしまうのでかなり絶妙で困ってしまう。ほめてくださるのは有難いし、私も自分を卑下したくはない。これも卑下のつもりはない、一応。むかし人に諭されてから、卑下はしないようにしているんだ。

 でもたとえば同業者基準で見たときによっぽどレベルの高いところにいる人がいて、私は「ああなりたい」と思っているのに、「いやあ今でも十分できているでしょ」と言われるのは、まったく正当な評価ではないと思う。

 自分よりできている人を眺めてほめてほっとしたいという安寧、理解できるけど、私はあと30年もそれをやるのはいやだった。なんてね。「自分がきちんと評価されていない」という不満や危機感や憤りは、じつのところ、褒められないというベクトルだけではなく、むやみに褒められる、そのままでいいと言われてしまう、というベクトルでも発生し得ることだと思う。そういう意味で考えると評価制度ってめんどうのようでも必要なんだな、必要だったんだなあ。

 私はあまり、マネジメントめいたことをやりたい性質ではなくて、どちらかというと一兵卒、一本の槍、一人のプレイヤーで居続けたいタイプなのだが、べつにずっとレベル1の村人でありたいわけではない。槍なら槍で鋭く尖った槍がいい。できればオリハルコンで出来ていて昔の勇者と同じモデルで伝説のドラゴンの鱗を裂いたという評判付きの、だけど軽量小型化したのでフィジカル的な数値に関係なくどなたでも扱いやすいですよ!みたいな槍がいいな。