メシの話と漫画の話と仕事のグチと政治がしんどい、ぜんぶ同じテンションで話したいなと思っている。
待って!ぜんぶをごっちゃにするなという気持ち、よくわかる。
アイドルと政治家を一緒にするなよと私も思う。
そうじゃなくて、その、全部わたしの生活の中のあたりまえに存在する日常的な一トピックスとして語りたいなという意思表示みたいなもの。だけどそれがどっかでぐにゅっと曲がると推し活っぽくなっちゃうのかしらね。うううん。
はあ。しずかなインターネットなのに誰かの批判を恐れている。いや正当な批判は畏れるべきではないのかも。いちゃもんつけられるのを恐れているね。そして私はいちゃもんに対してだったら無視できるから大丈夫。うん。恐れるのをやめよう。
べつに政治じゃない話をする。
推し活というものの功罪は私もその渦中にいるから感覚としてわかるところがある。しかしこれも界隈によって(私は界隈という単語があまりすきではないのだが)かなり色合いが違うから、一概には言えないところである。たぶん、界隈による色合いの違いを、よく肌で知っているのはなんらかの推しを推す界隈に身を置いているひとではないかなと思う。
何年か前、私の推している方がとある発言でいわゆる炎上をしたことがあった。私はさすがにその発言はないよ、状況を正しく認識していないよ、イキリがちに見られがちなキャラクターでいらっしゃるのも存じているけれどちょっと適切じゃないよ、たぶんファンを勇気づけたかったのだとは思うけど……と思った。ふつうに、これが近所のクソガキの発言だったら叱ってた。少なくともそのときも、かばいだてはしなかった。それはないよ、という発言を、私がしたかどうかはちょっと定かではない。その時のSNSアカウントは最近別の理由で消してしまったので(そのSNSがきらいだという理由で)。
それでそのとき、私の周囲の同じひとのファンたちは、やっぱり「うーんさすがにそれはだめだよ」「応援してるけどだめなもんはだめだよ」という受け留め方をしていたと思う。本人に向けて、それはだめです、こういう理由で適切ではないです、撤回して謝罪すべきですとコメントをする人もいた。とはいえ、かばいだてをするファンの発言も見たことがある、それはまあ、全員が全員おなじようには云わないだろう、それだけそれなりに大きなファン層が構築されているということでもあるし。
このとき、私がこの件で(推しがこんな発言をしてしまうなんて…と)凹んでいたら、この界隈ではない友人が「だけどそうやってダメだよって声がファンの中にちゃんとあるのはいいことだね。あなたの推しさんは、いいファンに恵まれてるんだね」という意のことを言ってくれて、たいそう救われる心地がしたのを覚えている。もちろんダメな発言がなかったことにはならないし(推しは後日、軽率な発言だったと謝罪していた)、ファンが受けた悲しい気持ちもゼロにはならないけど、なるほどたしかに、ファンの間にも「こらっ!」という気持ちがあるのは、大事なことなのかもと思った。
でもこういうのって、かなり界隈によるっていうかあ……ファンは推しを写す鏡、みたいに言われがちだからファンは襟を正していこうねって私は思うタイプなんだけどお……。
だから「推し活」的な概念に微妙な側面があるのは感覚としてわかるうえで、でも推し活で生きがいや新たな人生を見つけた人もまたいるわけで、そう考えると……つまり……やっぱ私のすきな「推し活」というワードを悪いものみたいにしてしまったひととは気が合わないのかもしれない。
いや、なんだったら、なんらかのファン界隈の方がよっぽど本人にきびしい目を向けていて、担当降りたりなさってるイメージ。なので推し活=盲目に相手を信奉すること、ではないと思っているというか。
話がちょっと戻る。
前提「政治が推し活化してしまった」という批判はわかる。私もいやだ。批判としてこれ以上ない言い方だ、とも思う。思うんだけど!
そも!そも!!推し活をやってるやつは「頑張ってるから応援しとこ」くらいの生半可な覚悟で推し活してるわけじゃねんだよ~~~~!
推しが本当にスターダムにのし上がるためには真っ当に犯罪をせず健やかに良い仕事と巡り会って悪い大人に騙されないでほしい!という気持ちで心臓をキリキリキリキリ痛めながら推し活してるもんなんだよ!
本当に推してるっていうなら、ちゃんと全国民に信頼されるような仕事をして~悪いコトしないで~って心臓をキリキリキリキリ365日痛めてくれよ。推しの仕事はあらゆる番組と紙面をすべてチェックして一言一句に鋭い目を向けて「この番組正直出たくなかったんだな感が見え透いてて、いくら○○君とは言ってもちょっと無かったわ。こっちは交通費払って仕事休んで観覧行ってんのにさあ、プロとして仕事してほしい」くらいのこと言ってほしい。
他人の推しは他人の推しだけど、自分の推しと共演するときにあんまりやる気ない仕事されたら困るし、それよりも、自分の推しが共演者に迷惑かけるほうがよっぽど心臓潰れるだろ。ぎゅうってなる。推しだっていうんだったら、ファンも推しの行動は諫めてくれよ。
話をしっちゃかめっちゃかにするが、そういう魂をかけた推し活行為も考え物だよとは思っている。それは自分が推し活界隈にいるから肌感覚としてわかる。推しの人生は極論私とは別のものだから、私は推しが引退しようと結婚しようと生きていくのだから(多少は結婚に衝撃を受ける可能性はあるけれど)、あんまり入れ込みすぎたらいかんよというのもごもっとも。でも降りたくても降りられないのも推し活じゃん? わかる? ファッション的に推し活されるのとか「推し活をするために推しがほしい」とか言われるともやもやするわけよ……推しを見つけずとも生きていけるならその方がいいって場合もあるのよ……?
つまり、いや、何が「つまり」かわからないけど。アイドルでも役者でもキャラクターでもなんでもいいんだけれども、死に物狂いで推し活をやっている人にとっての「推し活」に内包されるものと、昨今の政治を取り巻く様相の批判として用いられるときの「推し活」の比重は、私から見ると結構違うなあという話。これは日記なので、さすがに私の感想です。
それはそれとして政治は推し活とは違うし、推しが炎上しても私の生活は続くけれど、政治は私の人生に関わることすぎるのでちゃんとやってもらわないと困るのだった。