はじめに言うと、私は何も長続きしない。どんなに好きでもそう。いつの間にか手を離して数年後、もう一度っていうタイプ。
毎日同じことをくるくるくる続けるのが苦手で、椅子にジッと座り続けるのも苦手。動いていたいし、常に何かを取り入れたい。「はじまり」って何か予感があって、自分がもっと高められるのではないかって気になるので色んなものに手を付けては横に置いていく。いつも昨日より少しだけ良い今日を期待してる。
だからこの日記もどのくらい続くかわからない。三日すら持たないかも。
前につけた日記は手帳型で、祖母から贈ってもらった文庫本サイズのものだった。三日かほんのちょっと続いたか、それくらい。
持っていてもしょうがないしと思ってページをペラペラ捲って行ったら3月11日のページにだけ短く端的にその日の印象が書いてあった。何だか日記というよりは詩みたいだった。もう内容は覚えてないけどまだ持っている。どこかの段ボールの中に沈んでる。捨てることが出来なかった。
で、今回また性懲りも無く日記をつけることにした。
毎日とかは多分無理。いつか忘れてネットの底に沈むかも。でも一個、その日あった一個だけ印象に残ったことだけ残してあげようかと思う。
私は記憶力がさほど良くないから、良いことはすぐに忘れる。全て忘れる。だから少し先の私が落ち込んだ時読み返して「良いこともあった」って思い出せるようにしてあげようと思う。我ながら手がかかる。よく考えると10代の頃の私もそんな感じだった。今の私、大人になった私のことなんだけど、大丈夫かな?って。
15の頃に成人した自分に手紙を書こうっていうのがあって、そこの手紙を読み返したらそんな感じだった。大人の私、大丈夫?っていう。
大丈夫じゃなかった。
15の私は大人になった私に言った。大人っていう万能感に期待を込めて。大人になった私(あなた)はどこまでも行けるのだから、きっとこんな場所から抜け出して自由に伸び伸びと色んな景色を見て暮らしているのだと信じていた、というよりは、願っていた。
でも残念ながら、15の頃には予想もつかなかったことがいくつも起こった。強迫性障害で外に出られなくなった。思いもしなかっただろう。当時ですら線路は世界の果てに通じていないことを知っていたが、電車にすら乗れなくなる自分の姿。たかが数分ぽっちかければ着くようなコンビニにすら行けなくなること。
上も、前も、顔を上げて歩けなくなること。
いやでも大したことはない。今思い返すと鬱とかだったかもしれなかったけど、よしじゃあ死のうって包丁を掴もうとしたとき、何となくそれをキッカケに立ち直る。
言ってる意味わからないとは思うんだけど。15と、20と、25くらいの私に今の私の声が届くなら「なんかよくわかんないけどわかんないなりに大丈夫」って言うと思う。
それで全部の私がめちゃくちゃブチギレる。暴れ回って泣き喚いてこんな地獄がどこまでも続くと思い込んでまた性懲りも無く消えてなくなりたいって丸くなるのだと思う。
で、その頃の私に自慢したいことがある。私は去年、高校の時の友達に会いに行った。
今の私は外に出て3時間がタイムリミット。それ以上は具合が悪くなって、翌日は1日動けなくなる。酷いと3日は置物になる。でもそれ以降がどうなっても良いやって思うくらいの友達に出会う。
結果左足に穴が開くんだけど、それも焼けるような痛みにただ耐えてるだけで塞がる。何言ってんのか本当にわかんないと思うんだけど。
残念だけど、今も夜には眠れない。静寂がうるさくて強い不安が振り切れなくて朝方に横になって無理矢理目を閉じて寝る。まぁでも大丈夫。夜もそこそこ良い感じで、SNSにもパラパラ人が居たりする。取り敢えず一人ではないからまだ。今は。先は知らない。
自責は拭えないし劣等感はそのうち仕方ないに変わる。諦めとかそう言う感じ。よく考えれば私は小学生の頃には全部諦めてたけど、節目節目に色んなものを諦めて手放している。浮き上がって来たものを掬い上げて重ねるみたいな形で。ぶっちゃけ大事にしていた宝物は全部捨てた。死ぬ気でいたから。ここまで生きる予定じゃなかったから。
でも覚えてるだろうか。私が好きな歌。ものを持てる数は決まってるっていうあのフレーズ。多分、だから、手放した分両手空いてるし、両手で拾えるくらいのものなら持っていけると思うから、それは気軽に探そうと思う。今決めた。きっとすぐに忘れるけど。
2024年はなんかあまり元旦て感じじゃないしあけましておめでとうが相応しくない始まりだった。2023年は、そこそこ良かったと思う。
新しいSNSを初めてまた小説を書き始めて、時々絵も描く。モデリングしてスカルプトして微妙な出来にがっかりする。途中まではめちゃくちゃ楽しかった。馬作ったんだけどね。
Xfolioを開設して最初2桁のアクセス数が12月で717アクセス行って喜んだしロゴの練習と称して「架空のタイトルください」って投げたら21個も良いお題が飛んできた。毎日1時間につき1個ロゴを作って丸々1週間ひたすら作り続けたそのおかげで楽しく過ごす。
ちょっとした曲をキーボードで打ち込んで上げてみたり、ゲーム実況やってみたり。今は更新で忙しいからゲームは遠ざかっちゃったけど。
とにかく何でもかんでも手を出したのが2023年だった。WBCは全試合面白かったけど特にメキシコ戦が最高で、アメリカ戦は劇的だった。バスケもバレーも大興奮で見てた。スポーツ中継嫌いだったのにいつの間にかスポーツやってたら何の競技だろうが楽しんで見るようになった。オリンピックには既にそうなってたけど、キッカケなんだったんだろうね。
2024年の1月2日には大谷翔平選手にあやかってマンダラチャートを作って、性懲りも無く未だに夢を追っている。
死のうと思った日に、私は手に包丁を持とうとして「今死んだ」と言った。死んでしまったけど未練がある。そうして戻って来たっていうことにして考えた。
何が心残りだろう?
結果全部やることにした。やろうと思ったことは全部。小さい頃に夢見た全部を追っている。全てに全力で、ほどほどに手を付けては次へ行かないと間に合わない。諦めるのを一旦やめた。
番組もドラマも映画も流して実況も見てTLを目で追いながら生きている。
朝日とか公園とか海とか行きたいテーマパークも水族館もある。たくさんの友達や親戚に囲まれて生きていた頃が懐かしいし未練なんてもんじゃない、私はたぶんあの空気も空間も愛していたと思う。今だって恋しい。
けど悪いことだけじゃない。高校の時に得た友達が、未だに私を、こんな風になった私を見捨てないで頑張れって言ってくれている。
昔は頑張れって言葉を呪わしく思っていたけど、本来あれは嫌味とか私が頑張っていないから言われる言葉じゃなくて、本当にあと少し届かないちょっとの距離を下から押し上げて届けてくれるものだと考えを改めた。もちろん言い手にもよるけど。
そんなこんなを重ねて、現在2024年1月4日。更新される日付は1月5日と表示されるだろうけど、私が寝て起きるまでが1月4日だから良し。
勢いで12月にカクヨムコンにエントリーして、短編も短編の方でエントリーした。今、小説の続きを書いて投稿用に仕上げてキャラデザをいじってから日記をつけている。
既定文字数は10万字で、今7万字まで達成中。この分なら余裕で締め切りの2月1日に間に合うと思う。自分の誕生日が締め切りって不思議な感じ。運命感じたかもしれない。でも残念、気のせいだった。せめてあらすじをどうにかしようと練ってるところ。
まだまだやりたいことはあるしTodoリストにはチェックのついていない項目が山ほどある。
これ書いてる場合か?