
辻村 深月作 '善悪と傲慢' 読んだ、ネタバレ含むので注意。
書店の文庫本コーナーでオススメされてて、表紙と本のタイトルが好みで衝動買いした。正直読み切らないだろうなって思ってて。混んでる通勤電車とか新幹線の中とかの暇つぶしになればなーって思って買ってみたけど、読んでみたら普通に面白かった!
テーマは婚活なんだけど、渦中の人物達の無意識な人間の利己的感情が浮き彫りにされてる描写が普通にエグいなって思った。
読んでてしんどくなって読むの辞めたけど、続き気になるから次の日読んでるみたいなことがよくあった。
読んでて辛かった部分を残しておこうと思う。
「まずは一緒に住んでみようかなって思って」
架が言うと、女友達連中が一斉に顔を顰めた。「それ、オレは反対だけどな。」と、大原までもが言った。
「その同棲期間に何の意味があるんだよ? 一緒に住むくらいならもうプロポーズして結婚したらどうだ? 一緒に住んで、それで満足して結婚に踏み切れなくなったっていうケースもよく聞くだろ。」
P. 92 - 架と同級生の会話
「小野里さんの目から見て、婚活がうまくいく人とうまくいかない人の差って、何ですか。」
「うまくいくのは、自分が欲しいものがちゃんとわかっている人です。自分の生活を今後どうしていきたいかが、見えている人。ビジョンのある人。」
「女性は特に、結婚の先に出産がありますから。ビジョンは明確であればあるほどいいでしょうね。」
P. 128,129 - 架と小野里の会話
「東京だからとか群馬だからとかは関係ありません。さきほどからお話ししていますように、独身を選択するも何も、最初から、そこに本人の意思がないんです。」
「真実さんを含め、親御さんに言われて婚活される方の大半は、結婚などをせずに、このままずっと変わりたくない、というのが本音でしょう。三十になれば仕事も安定し、趣味や交友関係も固まって、女性も男性も生活がそれなりに自分にとって居心地がいいものになりますから。けれど、そのまま変わらないことを選択する勇気もない。婚活をしない、独身でいる、ということを選ぶ意思さえないんです。」
「ですから、親に言われてでもなんでも強引に、選択しないまま、新しいステージに飛び込む方がいいんです。何にも考えないまま結婚して、出産して、それでいいのではないか、と私は思います。もちろん、結婚しない生き方を自分で選択された方たちを否定するつもりもありません。それとこれとは全く別の話なんです。」
P. 131 - 架と小野里の会話
「皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです。傷つきたくない、変わりたくない。ー高望みするわけではなくて、ただ、ささやかな幸せが掴みたいだけなのに、なぜ、と。親に言われるがまま婚活をしたのであっても。恋愛の好みだけは従順になれない。真実さんもそうだったのではないかしら。」
「...違うんですね」
架の喉から、思わず、絞り出すような声が洩れた。小野里が無言で目線を上げる。架が首を振った。
「恋愛相手を探すのと、婚活は」
小野里が静かに笑った。これまでで一番、優しげにさえ思える微笑みを浮かべて、「何をいまさら」と心底おかしそうに言う。
P. 133 - 架と小野里の会話
「ピンとこないの、正体は、その人が、自分につけている値段です。」
吸い込んだ息を、そのまま止めた。小野里を見る。彼女が続けた。
「値段、という言い方が悪ければ、点数と言い換えてもいいかもしれません。その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は“ピンとこない“ と言います。ー 私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の価値とは釣り合わない。」
架は言葉もなく小野里を見ていた。
「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自身につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです。」
身体のどこかで、戦慄を感じた。思い出したのは、悪友の女友達との会話だった。
ー あの子と結婚したい気持ち、今、何パーセント?
ー ひどいなぁ。今私、パーセントで聞いたけど、それはそのまま、架が真美ちゃんにつけた点数そのものだよ。
P. 137 - 架と小野里の会話
しかし、架のその言葉に、女たちがまた顔を見合わせる。例の白けた目つきになって、架にはわからない目配せをし合う。
「...大丈夫でしょ」
架に負けず劣らず、冷たい言葉だった。架さぁ、とまたため息まじりの声がした。
「あの子は自殺なんかしないよ。自分のこと、大好きだもん。控えめ、目立つのが苦手 ーあとはなんだっけ? 孤独な恋が似合う、とか書いてたよね。孤独な恋ってなんだって話だけど。マイナスのことを書くときでさえ、自分のことを『似合う』って言葉で肯定するような、そういう子だよ。自己評価は低いくせに、自己愛が半端ない。諦めてるから何も言わないでって、ずっといろんなことから逃げてきたんだと思う。」
P. 324 - 架と小野里の会話
あと書いておきたいのは朝井リョウの解説。珍しい入り/導入をした後、読んでて抽象的には感じていた '善悪と傲慢' の主張を、短い言葉で簡潔に表現してるのがカッコよかった。
文庫の解説を頼む相手を選出する過程で炙り出されるのは、適任者は誰かということ以上に、自分自身がこの作品をどれくらいのものだと見積もっているのか。という側面だ。
作品に合う解説者を選ぶというのは、相手を選んでいるようで、自著の価値を客観的に測る作業なのである。だからこそのヘビーさがあるのだ。
それは恋愛や婚活にまつわる紆余曲折が描かれているからーというよりも、何か・誰かを"選ぶ"とき、私たちの身に起きていることを極限まで解像度を高めて描写することを主題としているからだ。