小説が読めなくなってしまった。
正確にいうと、確実に不幸に進んでいると想定出来る物語が読めなくなってしまった。『イリヤの空、UFOの夏』が読めるか? 『最終兵器彼女』が読めるか? 『ぼくらの』は? 『魔法少女まどか☆マギカ』は? 答えは全て否で、たぶん途中で読む手が止まる。
ブルアカの対策委員会編の第3章も全く読めてない。ホシノがどうなるかわからなくて読めてない。
エデン条約編に託けて、百合園セイア症候群、と勝手に呼ぶことにする。
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この休みの間に、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を流し読みしたのだが、今手元にないので仔細を参照できないものの、過去の経験が物語を読むノイズになる、という話をしていた。
確かに上記で挙げた小説漫画はすべて社会人になるより前に読んだ物語ではある。
自分はベンチャー企業に就職して、数年働いたものの、あまりのブラックさに会社を辞めようと思ったのだが、辞めさせてもらえず、それどころか、代表から辞めるなら一年間タダ働きするか、即刻200万円払えといわれる始末で、当の本人は疲労と洗脳で異常だと気がついていない。
異常だと気がついてないので、逆に「これってどうしたらいいんでしょうか?」と相談した弁護士にどうにか説得され辞めることができた。
今でも「その会社は異常だぞ!」と捲し立てた弁護士と、何がおかしいのかわからなくて「そうなんでしょうか・・・・・・」とおずおずと答えた事を思い出す。
当時は、オフィスで割腹自殺する夢と、会社の非常階段から飛び降りる夢ばかり見ていたので、夢っていつか叶うのかなぁ、というふわふわした感情しかなくて本当に叶わなくて良かった。
本当はもっともっと、もっとやばい事があるのだが、墓まで持っていくつもりなので言えない。
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怖い。
単純に先を観るのが怖い。当事者じゃないのに。物語ということがわかっているのに。これが心が死んでいた期間があるからなのか。
過去に囚われるという陳腐な言葉が市民権を得ている理由はこれなのだろう。
もう2度と辛い思いはしたくないよな、だからもう怖い思いもしたくないよね。
でも、本当のことは過去にしかない。たとえどんなに過去が自分に銃を突き立てたとしても、その引き金が引かれることはない。全ては終わったことだから。
過去を大切にするしかない。
不幸に進む小説達が読めるようになったら、ちゃんと過去を拒絶せず、顔を背けないで対峙することができるようになるのかもしれない。