この世には二種類の人間がいる。風呂で本を読む人間と、読まない人間である。
後者は口を揃えて言う。「本がふやけちゃう」「落として濡れたりしたらやだ」
前者は言う。「それめっちゃわかる」
風呂で本を読まなければならない理由は別にない。しいて言うなら、ただ浸かっているだけだと飽きてすぐ上がりたくなっちゃうからかな。 お風呂好きな人は、お風呂に使っている時間そのものを楽しむのだろうが、風呂漫画好きは、風呂に入ってる間なんだか手持ち無沙汰だから漫画を読んでいるのではないだろうか。長風呂も好きだし、漫画も好きだから、両方一緒にやっちゃえ~みたいなタイプもいるかもしれない。
私は風呂漫画派の父の背中、もとい、背表紙を見て育った。 父は漫画がないと風呂に入れない体質だった。(現在は普通に入れるようになったらしい。)
いつも自分のブログには金玉の話とかボタン電池飲んだ話とかあまりにも取り留めのない話ばかり書いてしまうので、たまには人様の役に立つ記事でも書くかと思い立ち、今回は私が独断と偏見で選ぶ「風呂で読むのにいい感じの漫画5選」をご紹介したい。
鎌倉ものがたり(西岸良平)

最初にご紹介するのは、ハンサムなミステリ作家の一色先生と童顔の妻・アキコの二人が、人間と妖怪(またはそれに類するもの)が共生する鎌倉の町で、毎度なんやかんや事件に巻き込まれる漫画『鎌倉ものがたり』だ。
作者の西岸良平の代表作『夕焼けの詩』は『ALWAYS 三丁目の夕日』として映画化されているし、あの特徴的な輪郭のキャラクターたちを見れば「あ〜この絵、コンビニの分厚い漫画で見たことあるわ〜」という人もいるはずだ。『三丁目の…』の映画のイメージから、なんか昭和のノスタルジー的な漫画を描いている印象が強いかもしれないが、『鎌倉ものがたり』は時代設定が現代で、バリバリ時事ネタも取り入れられている。何より、西岸良平の最大の武器(私調べ)であるオカルト要素が満載であることを強調しておきたい。人間ならざるモノが持つ怖さ・優しさ・不気味さ・可笑しさを絶妙なバランスで物語に入れ込んでくる。さすが西岸良平。よく知らないけど。
ちなみに実家にはなぜか鎌倉物語の4巻と5巻だけがあり、小さい頃から何十回も繰り返しお風呂で読んできたので、風呂漫画といえば真っ先に一色先生の顔が浮かんだ。特に心に残っている話といえば、鎌倉中の有名な僧侶たちを殺しまくる残忍な魔物が出てくる第51話「地上最強の魔物」(第5巻収録)で、小2の私は「煩悩」という言葉の意味をこの漫画から学んだ。ありがとう光輪和尚。ずっと大好きだよ。
西岸良平の絵は一目見ただけでこの作者の作品だとすぐにわかる「クセがすごい」タイプの絵で、不思議な魅力がある。キャラクターのほとんどは長靴みたいに顔の下部がぽっこり左右のどちらかに突き出しているフォルムで、頭身も三頭身くらいのめちゃくちゃデフォルメされたキャラクターデザインなのだが、ハンサムはハンサムに、美女は美女に見えるのがすごいし、キャラクターの描き分けが半端ではない。目・輪郭・髪型には何パターンかあって、アバターのようにそれを組み合わせているのだが、ちゃんとキャラが一人一人立っているのが本当に不思議だ。
何巻から読んでも大丈夫なので、早速コンビニの分厚いやつを買ってみてくれ!(廉価版のほうが濡れたときの精神的ダメージが小さい。)
私のお気に入りエピソードは、第61話「遺産相続人」(第6巻収録)、第300話「ハンプティ・ダンプティ殺人事件」(第6巻収録)、第347話「魔界転生II(猫編)」(第6巻収録)。
リストランテ・パラディーゾ/GENTE(オノナツメ)
この漫画を読んだ私の友人の感想は、大体次の3種類しかない。
「ジジがかわいい」
「テオが性癖」
「ジジがかわいい」
「ルチアーノはもっと押せばいける」
「ジジがかわいい」
そう、この漫画は、つまるところ、ジジがかわいい漫画なのである!
皆さんにとって「ジジ」といえば、「私、魔女のキキです。こっちは黒猫のジジ!」のジジでしょうが、我々の業界でジジといえばソムリエのジジ、つまみ食いのジジ、まかないでめっちゃいいワイン開けちゃう初老のジジです!
でも、レストランの漫画だったら、読んでるとお腹すいちゃうんじゃない?僕は食後にバスタイムってタイプだから食欲をそそるような漫画ちょっと……。
ご安心あれ!! この漫画に出てくる料理は一つも食欲をそそらないし、別に美味しそうに見えない!ジェラートも、なんか四角い。(でも、本格的なイタリアンジェラートって、31みたいに丸く盛り付けないで角ばった感じでよそってくれること結構あるよね。ないか。)
これはオノ・ナツメの画力の問題ではなくて、料理が美味しそうかどうかはあんまり関係ないからである。この漫画で大切なことは何か。老眼鏡をかけた初老の紳士たち(複数形)である。 老眼鏡の初老の紳士が料理したものを、老眼鏡の初老の紳士がサーブする。それだけで、いいッッッ!!!!!!!
先に連載されたのは『リストランテ・パラディーゾ』で、アニメもこのタイトルだったため、本家はリスパラ、『GENTE』は番外編扱いらしい。物語の中の時系列はGENTE→リスパラ→GENTEだけど、読む順番はどっちが先でも大丈夫だよ!
読み終わった方は、どの紳士の虜になったか教えてほしい。
私?愚問!ジジに決まってんだろ!
マリーマリーマリー(勝田文)
作者の勝田文の作品にはお風呂で読みたいものが多い。線はシンプルなのに画面がにぎやかでかわいく、コミカルな話の展開の中に差し込まれるロマンチックでちょっぴりエモーショナルなモノローグが胸に染みる。夕方や夜のバスタイムにはぴったりだ。一話完結型なのもお風呂向きな点である。
主人公は針の先生リタとギタリストの自由人・森田さんの新婚カップル。松田聖子もビックリのビビビ婚(古っ)で結ばれた二人の、ドタバタのほほんキュートアンドエキサイティングな日常を描いた作品である。
勝田文の漫画は、その緩急がたまらない。わちゃわちゃコメディ展開が続いていると思ったら、急に心にじんわりとクるシーンが差し込まれてきたり、いつも何を考えているのかわからないテキトーな森田さんがその顔面のポテンシャルを最大限に活かしたハンサムムーブで魅せるセクシーな雰囲気にきゅうううううんとさせられたり、とにかく心臓が忙しい。
笑える話、優しい話、切ない話、どんな回でもマリーマリーマリーは読後感がいい。こういうところもお風呂向きな漫画である理由かもしれない。
この作者といえば『あの子にもらった音楽(愛蔵版)』もお風呂漫画としては捨てがたいのだが(通算20回くらいお風呂で読んだ)、コミックスがかなり分厚いので、風呂ではちょっぴり読みにくい。愛蔵版とか完全版とかはたいてい風呂向きではない。文庫版はいいよね。
岸辺露伴は動かない(荒木飛呂彦)
漫画好きを自称しながら実は読んでこなかったモンスター級冒険漫画『ジョジョの奇妙な冒険』、結局読んでみて、一番好きになったのが第4部に登場する漫画家・岸辺露伴だった。ネットミームと化した有名過ぎる台詞「だが、断る」でお馴染みの人気キャラクターである。ここで紹介する『岸辺露伴は動かない』は『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ作品、好奇心旺盛過ぎるが故にやばいことに巻き込まれがちな露伴先生の冒険譚である。
ちなみにジョジョが敬遠されがちな理由の一つに、シリーズが長すぎて最初から読む気がしないというのがあるが、ご安心あれ。このスピンオフはジョジョ本編を読んだことがなくても、楽しめる作品だ。
荒木飛呂彦の漫画は、視覚的に情報量が多すぎるのでお風呂でリラックスして読むような漫画じゃあないよな、とは思うものの、一話で完結してくれるという安心感を支えに読み切ることができる。あと、露伴先生が狼狽えている姿を見るのは、なんか、こう、あれだ、グッとくる。
血がいっぱい吹き出したり、謎の虫がいっぱい蠢いていたり、身体を鍛えすぎて人格が壊れてしまう人が登場したりするので、ショッキングな描写が苦手な人にはお勧めできないが、異常現象とか都市伝説とかそういうものが大好きで、お風呂タイムをゾクゾクとワクワクで満たしたい人にはぴったりな漫画だろう。
このスピンオフ漫画は残念ながら2巻までしか出ていないので、露伴先生のお話がもっと読みたい!と思ったら今年実写映画化もされた『岸辺露伴ルーヴルへ行く』や小説版のスピンオフシリーズも読んでみてくれよな。(実は結構小説版が好き。)
ミワさんなりすます(青木U平)
入浴時間は人によって違うので、キリの良いところでお風呂から上がれるように、ここまでは基本的に一話完結型の漫画をお勧めしてきたわけだが(リスパラはそうでもないが)、この『ミワさんなりすます』は続きがめっちゃ気になるタイプの漫画だ。
この物語において、「映画」は非常に重要な存在である。そして、この作品そのものが、多くの「魅せゴマ」や文学的なモノローグといった漫画的表現で「映画が持つ魅力」を描こうとしている(気がする)。説明的なセリフは少なく、絶妙なコミカルさと程良いスリルが詰まったストーリーにどんどん引き込まれ、知らないうちに読み終わってしまっている。しかし、印象的な場面(コマ)は、確かにあなたの脳裏に刻まれている。映画館から出た直後の、少し地に足がつかない、あの感じだ。これは、読む漫画じゃなくて、観る漫画だ!だから続き物でもお風呂で安心して読める、はず。
あらすじは書かないから、とりあえず第一話を着衣のまま読んでみて、気になったら続きは裸で読んでくれ。(四話まで読めるよ↓)
(知らない間にドラマ化していたらしいけど、俺は見んぞ!)
番外編:お風呂で読んだらしんどい漫画5選+殿堂入り
『銀魂』空知英秋 字が多い。字が小さい。ギャグ回かと思いきやいきなりシリアスな長編バトル展開に入るので油断できない。私は服部全蔵が好きです。
『ジョジョの奇妙な冒険』荒木飛呂彦 スタンド使いのオランウータン(3部)とか水を自由に移動できるスタンド(4部)からの攻撃が怖くて入浴中全然リラックスできない。とにかく長い。
『青野くんに触りたいから死にたい』椎名うみ シャンプーしてる時、後ろが怖くなる。「いーれーて」って言われても入れちゃだめだよ……。
『血の轍』押見修造 この漫画はいつどこで読もうがしんどい。気分が落ち込んでる時には読んだらあかんで。
『ひとりでしにたい』カレー沢薫・ドネリー美咲 めちゃくちゃギャグテイストが強いけれど、孤独死や終活をテーマに社会制度や人との関わり方を冷静に読み手に突きつけてくる漫画なので、とにかく入浴との相性が悪すぎる。 一巻の叔母さんの孤独死の話はトラウマになる。
浦沢直樹全般(殿堂入り) クリフハンガー*がうますぎて、読み終えるタイミングを失う。とにかく物語の続きが気になりすぎて、風呂上りも服を着ずに読み続けてしまうので、湯冷めすること必至。まとめ買いするか漫喫とかで一気読みしたほうが良い。
以上、私の独断と偏見で選んだお風呂漫画5選でした。 最近は防水のKindleペーパーホワイトの導入を検討するなど、風呂漫画もデジタルに移行しようとしております。
みんなもおススメの風呂漫画があれば、教えてくれよな。
*クリフハンガー……映画やドラマなどにおいて、物語が気になるところでわざと終わらせる手法。日本語の「引き」。(クリフハンガーの原義は解釈を観客に委ねるような結末の見せ方だだそうです。)