時差ボケやら何やらで疲れていた。腰も痛いし、頭も痛い。たぶん天気のせい。晩ご飯も食べずに寝ていた。起きたら日付が変わる少し前だった。 慌てて選挙速報を確認したら、小池百合子の圧勝。ガッカリしてもう一回寝た。 月曜の昼頃、都知事選のニュースや分析記事などをざらざらと読む。頭が痛い。吐き気もする。天気のせいじゃない。「朝鮮人を殺せ」などと言う男が、18万票近くも獲得したからだ。とんでもない所に住んでいるんだな、と改めて思った。
17歳の時、高校の卒業論集に載せるレポートみたいなのを書いていた。テーマは在日コリアンのアイデンティティ。ネットで「在日」を検索していると「在日特権を許さない市民の会」というページに行きついた。そこには今まで聞いたこともない「ザイニチ」の「特権」の数々が書かれていた。わけがわからなくて、パニクって、一番身近な在日に聞いてみた。その人は件の団体について知っていた。あまりにデタラメだらけでわけがわからない、と。でも、それを根拠にその団体の連中が在日コリアンに憎しみを抱いていることが恐ろしいと言っていた。私もそう思った。嘘を信じて、会ったこともない人を憎むなんて、どうかしている。レポートの指導教員にその話をすると「イカれた連中だ。気分が悪いが無視するのが一番。誰も相手になんかしないだろう」と言われた。
20歳の時、留学先の寮でネットを見ていると「在日コリアンの永住権剥奪!全員強制帰国!直ちに兵役へ!」という見出しを見つけた。2ちゃんねる系のまとめ記事だったが、無知だった私はパニクった。情報ソースとして示されていたリンクの先にはハングルで書かれたニュース記事っぽいものがあったが、私には読めなかった。韓国人のルームメイトに読んでもらうと、全く関係ないニュースの記事だったことがわかった。頭がグラグラした。やっぱりわけがわからない。なんでこんな嘘を書くんだろう。ちなみに在日コリアンは「永住権」を持っていない。あるのは「永住許可」である。権利ではないのだ。ただ、許可されているというだけの、頼りないステータスしか持てずに、在日コリアンは日本に暮らしている。
22歳の時、大学の帰りに、枚方市駅前で在特会が拡声器を持って叫んでいた。「朝鮮人・中国人は出ていけー!日本から追い出せー!」4人くらいが一緒に叫んでいた。誰も立ち止まる人はいなかった。私だけがそれを見ていた。私と同い年くらいの男性が拡声器を渡され、涙声で語りだす。「私は今まで在日朝鮮人たちが特権を持っているとは知りませんでした。日本人の私たちより優遇されているのはおかしい!在特会のお蔭で真実にたどり着いたのです。こんなことは許されない。朝鮮人は出ていけー!」私は枚方市駅のトイレでゲボを吐いた。その後もしばらく過呼吸で動けなくなった。トイレから30分くらい出られなかった。「こんなことは許されない」?こっちの台詞だ。こんなことは許されない。デマを振り撒いて、何もしていない人間に憎しみをぶつけて、許されるわけないだろ。いい加減にしろよ。枚方市駅に行くと、今でもあの青年の姿とゲボの味を思い出す。差別は、ゲボの味がする。
在特会の話題になると、決まった反応がある。「あんな連中ほうっておけ。誰も相手にしない。あんな話信じるのは馬鹿だけだ。」そんな反応をするのは、勉強ができて、大学や大学院で学び、政治や社会の動きに敏感で、自分の意見を持つ、「頭の良い人たち」である。
30歳の私はリトアニアにいた。日本に帰る直前、仲のいいリトアニア人の同僚たちと晩ご飯を食べていた。「帰ったら都知事選の投票に行くんでしょ?誰に入れるんだ?」そんな話題になったとき、仲間の一人が「俺ならサクライに入れる」と言って笑った。その人は日本のナショナリズムを専門に研究している人物で、在特会のことは私よりも詳しく知っていた。だからその一言が冗談なのはわかる。でも、許せなかった。「それは冗談にならない」私が怒った顔で言うと、「なんで?サクライ自体がジョークみたいなもんだ」と言った。
私の周りの「頭の良い人たち」はみんな在特会を嘲笑していた。おもしろがって、馬鹿にして、ジョークだと言った。でも、それは連中に憎しみを向けられていない人間の特権だと思う。 自分が、ただ生まれて、ただ生きているだけで、見ず知らずの、それも大勢の人間に「日本から出ていけ」「死ね」「殺す」などの憎悪を向けられることが、いかに恐ろしいことか、少しでも想像したか?朝鮮学校に通っているだけで、韓国語を使っているだけで、チマチョゴリを着ているだけで、暴力にさらされる恐怖を想像したか?通名で生活すれば「嘘つき」、本名で生活すれば「国へ帰れ」と攻撃される息苦しさを想像したか? 差別にむきになって怒る人間を窘める前に、差別を前にしても真剣に怒れない自分を恥じろよ。レイシストを茶化すばかりで強い態度で差別主義者たちに立ち向かえない自分の弱さを恥じろよ。
指導教員に「イカれた連中だ。気分が悪いが無視するのが一番。誰も相手になんかしないだろう」と言われてから、13年経った。イカれた連中に共感して、桜井誠に投票した奴が東京には18万人いる。先生、私たちが野放しにしたレイシズムがこんなに大きく育ちました。 差別主義者じゃないと言うなら、怒りを持って、態度と言葉で差別主義者を批判しろよ。在日コリアンに「特権」などない。日本国籍の人間と同じように、普通の日常を、普通に過ごしている、ただの人間だ。誰もその普通の日常を脅かす権利なんかない。 差別を笑うな。許すな。怒れ。頼むから、強い言葉で差別を非難してくれ。頼むから、茶化さずに一緒に怒ってくれ。
(作成日:2020年7月7日)