朝起きて、最初にするのは、地獄のようにうるさい目覚まし時計を止めることだ。この目覚まし時計は去年買った。店で見つけて「こんなにもTHE目覚まし時計って感じの目覚まし時計が売ってるのか、かわいいな」と思って買った。機能も、THE目覚まし時計である。ジリリリリリリリと心臓が止まりそうなほどでかい音が鳴る。
アラーム音のみならず、時を「刻む」という表現にふさわしく、秒針もめちゃくちゃうるさい。カチコチとかそんな生易しい音ではない。ザクザク鳴っているのだ。時を刻むというかレンコンを刻んでいる感覚だ。レム睡眠時には、この秒針が私の髪や皮膚を刻んでいるのではないかと不安になる。それほどすごい音がしている。
地獄のレンコン刻み時計。擬音がジョジョ文字で聞こえる。文字盤がかわいい。
しかし、そんな時計の音も、慣れてしまえば全くうるさく感じなくなるものだ。アラームを止め、スマホを見て、だいたいもう一回寝てしまう。目覚まし時計の効果なし!
いい加減起きないと遅刻だという時間になって、再びスマホを手に取り、何か目覚まし代わりの音楽をかける。朝目覚めて一番最初に聞きたいのは、レンコンを刻む音よりも、やはり自分の好きな歌だろう。
その日、私はザ・ハイロウズの「即死」をかけた。
ザ・ハイロウズのボーカルは、みんな大好きザ・ブルーハーツの元ボーカル、甲本ヒロトである。現在はザ・クロマニヨンズで歌っている。私のアイドル、岡山の亀甲縛り、みんなの憧れ、スーパースター。
ブルーハーツもクロマニヨンズも大好きだが、私がビンビンのティーンエージャーの時に聞きまくっていたこのザ・ハイロウズには特別な思い入れがある。
ハイロウズは、私が人生で三番目に生で演奏を聞いた歌手だった。それも自意識が爆発しまくりの13歳の時だった。(初めて行ったコンサートは岡林信康、二番目は藤井フミヤだったが、私はれっきとした平成生まれである。)
ちなみに、ヒロトはライブでよくちんちんを出すことで知られていた。これはブルーハーツの頃からである。インタビューでそのことについて質問されると「ああ、あれかあ…。」と恥ずかしそうに答える。
13歳の私は、大阪のなんばHatchというライブハウスに、母と兄と従姉の四人で行った。ヒロトがちんちんを出したらどうしようとずっと考えていた。前日、クラスメートに「明日ヒロトのちんこを見るかもしれない」と話したりもした。ライブ中も、ヒロトがズボンに指をかけるたびに胸がドキドキ(そしてワクワク)した。
結果的にヒロトはちんちんを出さずにライブを終えた。ライブは最高だった。
クロマニヨンズも合わせて、私は生の甲本ヒロトの演奏を何度も見たが、ちんちんを出すところはまだ見たことがない。ヒロトはもう還暦間近の立派なジジイだ。陰毛は白髪だらけかもしれない。かつて「HEY!HEY!HEY!」という音楽番組に出演した際、髪を脱色する時に裸になってブリーチ剤を使うため、その液が股間に垂れてちんこが白くなってきたというエピソードを披露していた。だから白くてシワシワのちんちんかもしれない。
閑話休題。ヒロトの白ちんはひとまずベッドサイドへ置いておこう。
この日の一曲、「即死」にはこんな歌詞が出てくる。
ありもしないフツーだとか ありもしないマトモだとか
まぼろしのイメージのなか ラララ…
まったくダセーよ
(ザ・ハイロウズ「即死」作詞・作曲:真島昌利)
「普通」という言葉にアレルギーを持つ人がいる。
「普通こんなことしないでしょ。」
こういうことを言うと、自分が「普通」という常識(っぽい)ものに囚われているつまらない人間のように思われるので、それに抗う。
「普通?なにそれ?誰が決めたの?そんなものないよ」などと、うっとおしいキョトン顔でこういうことを言ってくる。
わかる。私も「普通」って言葉をカッコ悪いと思っている人間だ。UKG(うっとおしいキョトン顔)リストに顔面を連ねる一人である。普通とか、まともとか、そういうのに拘っている自分がダサいので、受け入れたくない。UKGを極め込んで、人前で下半身を露出しながら「ロックンロール以外は大したことじゃない」って歌いたい。「あいつフツーじゃねえ!」「かっこいい!」って思われたい。甲本ヒロトになりたい。
でも、実際は「普通」や「まとも」に雁字搦めである。1年に200回くらい「まともな人間になりたい」と思う。二度寝どころか三度寝とか四度寝を繰り返して夕方ごろに「ああ、今日はまともな一日を過ごしたかったのに」と嘆く。仕事で失敗したら「ああ、いつになったらまともに仕事ができるようになるんだ」と自分を責める。変な奴に好かれると「ああ、たまには普通の人に好かれたい」と思う。
普通に起きて、普通の服を着て、約束通りの時間に決められた場所に行って、まともな会話をして、まともに仕事をして、まともな人間だと思われたい。どれだけヒロトに憧れったって、私は「普通」や「まとも」に縋りつく、ダセーやつなのだ。
「即死」で目覚めてトイレで用を足し、洋服ダンスへ向かい、一番上の、小さい引き出しを開ける。
「ちっ、弾切れか。」
我々の業界、つまり、パンツ洗わない人間界隈では、今日はくためのパンツがない状態のことを「弾切れ」と呼ぶ。
こんばんは。私はパンツを洗えない人間です。バスルームには未洗濯のパンツが堆積している。汚れた下着をこまめに洗い、清潔な状態にして、毎日はきかえる。この「普通」の繰り返しが、私にはできないのだ。
辛い。
せっかく両親が 「パンツに苦労しないように」とパンツにちなんだ名前をくれたというのに、とんだ親不孝者である。
私は弾切れの朝に、普通のことができない自分に心底がっかりする。今、きれいなパンツをはいて、明日のパンツの心配をせずにこれを読んでいるあなたには想像できないことかもしれないが、私はマジで毎朝ドキドキしながらタンスを開けている。
洗濯すればいいのでは。
そう思ったあなたは、おめでとう、ズバリ「まとも」でしょう。私だって頭ではわかっているんです。さっさと洗えばいいって。でもさ、明日でもいい、そう思う日が10日も続くとさ、ある夜気が付くんだ、俺たちに明日はない、って。
あーもー今晩パンツ洗わないと明日はくパンツないよー!どーすんの!わかってるよー!って考えているうちに寝ている。そして弾切れの朝が来る。生乾きのパンツをはき、居心地悪そうにしてる。まったくダセーよ。
普通とかまともはカッコ悪い。それからはみ出してるなら、かっこいいじゃん!って思えたらいいのだが、こういう感じの「普通じゃない」は全然かっこよくない。普通でもない、かといってかっこよくもない、そんなダセー自分と向き合うと悲しくなる。
じゃあ、毎日洗濯することが「まとも」なのか?
その答えを知るために、私は夫と出会ったと言っても過言ではない。
私の夫は毎日洗濯する。普段は一人暮らしだが、どれだけ遅く帰宅しても、必ず洗濯機を回し、きちんと干してから寝る。宵越しのワイシャツ汚れは持ち越さねえ。そういう人である。江戸っ子ではない。
二人で旅行した際、宿泊先のホテルにはランドリーサービスがなかった。私はジーンズを3、4回洗わずに繰り返しはくタイプなので、あまり気にしていなかったが、夫は1回でも身に着けたものは絶対にその日のうちに洗いたいのだ。宵越しの汚れは(以下略)。
ランドリーサービスのないホテルのシャワーブースで何かにとり憑かれたようにジーパンを洗う夫の姿を見た時、私は言葉を失った。その形相はまるで鬼、夫は洗濯鬼と化し、私の分の固形石鹸を使いきったのだった。そして「俺の分の石鹸、使っていいよ」となぜか慈愛に満ちた顔で言ってきた。その石鹸すら、もう半分しかないではないか。
だから毎日ちゃんと洗濯することは別に「普通」ではないと知った。あの鬼の姿を見ればむしろ、ちゃんと洗濯しようとしているやつのほうがヤベェと思うかもしれない。
何の話をしていたかもう忘れたけど、私は弾切れの朝に絶望しないため、手持ちのパンツと同数のパンツを最近購入した。合計20枚以上のパンツが私の弾薬盒に入っている。つまり、約3週間パンツを洗わなくても、私は絶望の朝を迎えることがないのだ。
「普通」じゃないカリスマに憧れる。「フツー」は「ダセー」と思っている。そのくせ、「普通」のことができない「まとも」じゃない自分が情けなくて仕方がない。
だから私はパンツを買った。これで万事解決。悪いか。朝、起きて、普通のことができない自分に絶望しないでいられるのなら、安いものである。
今日も私は二度寝から目覚めた。またハイロウズを聞いている。
タンスから清潔なパンツを一枚取り出し装填する。
”寝ぼけたままナチュラルハイで
幸せになるのには別に誰の許可もいらない。”
(記事作成日:2021年1月9日/記事更新日:2024年10月9日)