20260117 31年目

瓶底
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公開:2026/1/18

当時俺は二歳やったが、人生で一番古い記憶がこの日かもしれへん。

住んでいる五階建てコンクリ造りの団地が縦に揺れた後、気がついたら部屋の角に立っていた。

「そこでじっとしとけ!ママと姉ちゃん助けな!」

俺は無言で頷いた。父は家で一番デカい箪笥と本棚の下敷きになった母と姉を助けに向かった。

幼い姉の泣き声が聞こえる。「ママこれ夢?夢なん?」としきりに聞く姉。「そうや!夢やで!」と答える母。

俺は何も言わずただ固まっていた。一歩も動けなかった。

部屋の角からの視野をよく覚えている。家の中はグチャグチャやった。何もかもが倒れ、鏡も割れていたが、なぜかベランダの窓ガラスだけは割れていなかった。冬なのに全開だった。たまたまその日の夜は鍵を閉め忘れていたようで、地震の揺れで全開になったらしい。

遮光性のないカーテンの向こうでは日が昇りはじめていたのか、はたまた目が慣れたのか分からないが、薄暗い家の中がぼんやりと明るかった。

(昨年、当時は同じように薄明るく感じたという証言を多く見かけたが、よく考えれば、1月の朝5時46分に、明るいはずはない。理由は分からないが、皆同じ感覚になっていた不思議。)

その後の生活をどうしていたかは全く覚えていない。

コンクリ造りの団地にはデカい亀裂が入って地面も歪んでしまったので、しばらくは近所の小学校に寝泊まりしていたんやと。うちの家族は全員無事やったが、周りで火事が沢山あった。沢山亡くなった。たった二歳には何も分からなかったが。何かひどいことが起きたんやと。ただ今泣いてはいけないということだけは分かっていた。

阪神・淡路大震災から31年目の今日。もう、うちの長老であるばあさんは、当時の記憶がない。あの日、いの一番に懐中電灯で照らしてくれたばあさん。俺もいつか忘れるのかな。あんな恐ろしかった冬の朝を。

@gpgcoh
まあなんやかんやで生きてます