灰色の世界は、いつも突然訪れる。
昨日まで鮮やかに色づいて、晴々としていた世界が急にモノクロになる。厚く黒い雲で覆われて、私の耳に入る音は全て心を掻き乱す雑音と化す。
そうなる時は私は自分という存在が急に遠くなる。思考だけが体から分離して、肉体は自分ではない人間のもののように感じる。
頭に文字が浮かんでいるわけではないのに、スラスラと指先は文章を紡ぐ。誰がこれを書いているんだろう、ぼんやりとそう思う。
手足が私の意思ではない何かによって動かされている。末端に行けば行くほど、感覚が無い。心臓の音と荒くなる息遣いだけがクリアに聞こえる。息って、どうやってするんだっけ。
昔から事あるごとに泣いていた。
それらは明確な出来事から湧き起こる感情の元、流れる涙だったと認識している。
怒り、悲しみ、苦しみ、悔しさ。
大人になってから、泣く回数は増えた。
だけど、最近の涙はどこからくるものなのかわからない。何故泣いているのか、自分でもわからない。外部の人間と関わらなくて良い、昔よりもずっと安全で脅威のない家の中で、私は涙を流している。
心の器が目に見えるものならば、私はそれらが小さい頃から両親や友人、その他の自分を取り巻く周りの人間たちが少しずつ分け与えてくれたパーツの積み重ねでできたものだと思う。大きさや形はその人が育ち、触れてきた環境によって違うけれど、確かに心を満たすスープを受け止めるぐらいにはしっかりとしたものだと思う。
時に穴が開いてスープが溢れてしまっても、周囲の人間から新たにパーツを分け与えてもらったり、自分で適切に穴を塞ぐ方法を知っているから再びあたたかいスープで満たすことができる。
私は、私の心は、沢山の穴があいている。
いつからかわからない、もうずっと穴があいている。
その穴を綺麗に塞ぐ方法を知らない、セロハンテープでベタベタと塞ぐことしか知らない。スープはセロハンテープの隙間から少しずつ漏れている。少ない材料で築いた器だからスープがすぐに溢れる。
決壊して空いた穴、塞ぎ方がわからなくて放置した穴、小さな穴が経年劣化で大きくなったりもする。
私に降り注ぐ優しさのスープはいつも溢れてしまう。満たされない、虚しくて、寂しい。
さみしい。