人と会った後、自分反省会をしなかった日は無い。いつからかはわからないが昔からのクセで、これがまた無意識なのだ。
そして数少ない酒の席での話は、どれも私にとって苦虫を噛み潰したような記憶であり、その一つ一つを鮮明に思い出すことができる。今日はそのうちの一つを供養したい。
3年前の秋口である。当時21歳の私はその頃親しくしていた友達と3人で週末、飲みに出向いていた。
チェーンの居酒屋で可もなく不可もない料理をダラダラ食べ、同級生の話や恋人の話をダラダラしていた。
その頃の私は迷走に迷走を重ねていた。多分、私は男でも女でも誰でもいいから人との繋がりを渇望していた。人と関わりたかった。とにかく話がしたかった。
酒が入ると人とのコミュニケーションが取りやすくなるのは知っていた。パート先のきつい態度の女の人が、飲み会で旦那とレスでと、ポツンと溢したのを今も覚えている。バリアが少しずつ薄まり、初対面の人でもすんなり話すことができる。人の、自分の心のガードが緩くなるから。
仲の良かった1人が普段から飲み歩く子で、その子の後ろをついて回る。私は年に1.2回しか飲みに行かない。そういった場所に憧れがあるも、どこに行けばいいのかもわからない。
だから私は彼女たちと飲みに行くのが楽しみだった。気合いを入れて黒いミニスカートを履いた。丁寧に化粧を施し、香水を振る。自分の空虚さを隠すように、外見を取り繕った。
カラオケに行き、まだ飲み足りないからと駄々を捏ねると、友達が行きつけらしい飲み屋へ連れて行ってくれた。
初めて入る場所、薄暗い店内。可愛らしい顔で不釣あいな煙草を吸う女の子達。その子達をギラギラした目で見やる男の子達。副流煙とごちゃ混ぜの香水の臭いでグラグラする。そして奥で一際明かりを放つモニターには歌詞入りの映像が流れていた。こういうお店は初めてで、カラオケじゃないのにカラオケがあるのか、と思った記憶がある。
私たちは角に近い席に座る。友達は慣れたように店員らしき人に声をかけ、私にメニューを見せてくれた。
ずらりと並んだメニュー、こういう店はだいたい飲み放題らしい。目に入った適当な酒を注文すると、銀紙に包まれた丸いチョコや、ピーナッツが入った小皿と共に酒が運ばれる。
口をつけて、すぐにグラスを机に置く。酒なんてずっと美味しくない。もう3軒目だし。遊び慣れていないのを見破られたくなくて、ひたすら煙草を吸っていた。口の中はアルコールとヤニがこびりついて不快だった。
煙を体に入れると、アルコールで早まった心臓がさらに脈を打つ。頭がギューッと締め付けられて息苦しい。
私の腕の傷はアルコールが入ると真っ赤になる。刃物を当てて、ヂリ、とした痛みの後ドクドクと深い紅色の血が流れるのを見ていたあの時のように、脈を打っている。
傷はもう白くなったというのに、何百も切り刻まれた皮膚はシワシワになっていて、異様さだけが際立ったままだ。
もう治った傷、もうしばらく切っていない筈の傷痕がじわじわと痛むような錯覚。
友達と話すネタはもう無くて、というかそもそも私たちは多分、腹を割って話すような仲ではなくて。
たまたま同じ小学校で、たまたま同じ中学校で、たまたまそのまま付き合いがあっただけで。
今思えば、彼女達は流行りのアイドルの話をいつもしていて。新しいミュージックビデオが配信されれば、振り付けをすぐに覚えて2人で踊っていたし、私はそれをいつも座って見ていた。
同級生がどうなって、誰に子供ができて、セックスがどうであーで、仕事先の上司がキモくてさ〜、なんて、本当はそんな話どうでもよかった。地元は狭い、誰が誰の友達だとか同級生だとか、元カレ元カノで、とかそんなのばかりだった。
死にたくなることはある?自分が自分じゃなくなりそうで、怖くなることってある?他人が私をずっと見てる、私の心や頭の中まで見抜かれているようで、私苦しくなることがあるの。2人は、そういうことって、ある?
なんて、言えない。言えなかった。
ヂリ、ぢりり、
頭がぼーっとする、また私が、自分から離れて行く。
ーそ〜らほいさっあそ〜れっ
高い声が脳を揺らす。
イントロがかかった瞬間、お店の中がわ〜っと沸いた。アニメの主題歌だった曲だ。そのアニメを観ていたわけではないが、この曲は知っていた。モニターの近くで茶髪の女の子がぴょんぴょん跳ねながら歌い出す。
女の子はニコニコ笑いながら、力強くい歌声と作り込んでいない彼女自身の持つナチュラルな艶やかさで、一瞬で店内の視線を持っていった。
私も思わず彼女に目をやり、周りに合わせて小さく手拍子をする。
彼女の歌声に合わせて、隣にいた男の子たちも歌い出す。その時、私は自分が死んでゆくのを確かに感じた。
さっき隣の男が煙草を床に落とし、拾う動作の中で私のパンツを見ようとしていた素ぶりをしていた事など、酔っ払っていてもわかっていた。
咄嗟に気付いてないふりをして、だけど足はキツく閉じた。
馬鹿みたいだな、と泣きそうになった。
一軒目で、友人たちが「もうミニスカートは無理だわ」と、笑いながら話していた事を思い出す。
私のミニスカートをみてそう言ったのかはわからない。だけど私はミニスカートを履いてきた事が急に恥ずかしくなった。
恥ずかしくて、死にたくなった。
桃源郷エイリアンを歌う彼女は、多分私とは違う人間だ。
あんなに堂々と歌えるんだ、きっとこういう場所に慣れてるし、その雰囲気にのまれず自分のペースを貫いている。
多分歳も変わらない。
偽りだらけの空っぽな自分が情けなかった。
馬鹿みたい、本当に、馬鹿みたいだ。