ハクビシンの話の続き。朝に一度カラスを追い払って以降彼らが来ることはなかった。覆いが役に立ったのか、厄介な人間が自分の獲物と主張していると判断したのか。だんだん呼吸がゆっくりになってきている。人と同じくらいのリズムだから、ハクビシンの大きさからするとかなりゆっくりだろう。
潰れた目のところに蝿が一匹来ていた。目があるはずのところに土にまみれたエノキのような小さな瘤があって、それが目の痕らしい。ハクビシンは時々ぴくっと前足を震わせる。苦しそうだ。大通りで放置されていたらそりゃ車に轢かれて無惨な死に様だったかもしれないけれど、少なくともここまで苦しみは長引かなかったかもしれず、そうなると当の本人にために静かな庭に連れてくるのは倫理的な行いといえるのかどうか。昼前、青い金属光沢のある蝿が3匹ほどたかっている。ハクビシンは時々うっとうしそうに頭をもたげ、前足で払おうとする。それを見るとまだまだ動けるような気もしてくる。夕方までかかるのではないかと思った。
12時10分、昼食の用意がてら庭を確認するとハクビシンは口を開けて死んでいた。草の茎でつついたが反応がなかったので、拾った人のところへ知らせにいった。口の中と目の傷にはすでに小さなうじが湧いていて、蠅の目ざとさと成長の速さに驚かされる。生から死、分解へのプロセスは重なり合っているなと感じた。
拾った人は前足の石膏型を取りたかったようだが、日が高く死骸は刻一刻傷むので、諦めて冷凍することになった。お疲れ様です、と骸に声をかけ、ふたりともポリ手袋をつけて一緒にビニール袋に入れた。肉球はやわらかくてくすんだピンク色だった。しっぽに緑色の草の実がいくつかついていた。猫に比べるととても小さくて軽い。袋の口をくくって冷凍庫に保存した。まだ身体は柔らかいし温かかったから死んだような感じはあまりなかった。