生理的周期から気分が落ち込むと予見された日であり、実際気分が落ち込んでいた。朝食の後睡魔に襲われて二度寝をした際、奇妙な夢を見た。
私は高校生で、数学の授業を受けていたが、まったく理解ができずパニック発作を起こし、過呼吸で意識が朦朧として床に倒れてしまう。体が浮き上がり、担架でどこかに運ばれるような感覚がある。少し意識がはっきりしてくると、病室のようなところにいると気づくが、学校なのか病院なのかはわからない。床から持ち上げられ、右向きに傾斜しているツルツルした素材でできたベッドのようなものに寝かされる。ベッドの周りには暗く青みがかかったグリーンのビニールカーテン。部屋全体はその暗いグリーンと薄いグリーン、銀色で彩られていて冷たい感じがする。2人の看護師らしき女性が私の容態について会話している。どちらも若くて白に近いピンクのユニフォームに身を包んでおり、1人はやや痩せている。2人は私の衣服を脱がせるとシャワーでぬるい湯をかけて洗う。しぶきがはねて顔にかかる。まだ意識がはっきりせず、うまく体が動かないのでされるがままになっているしかない。シャワーが嫌で口をへの字にしたり、顔をそむけたりするが、2人は気にするどころか「いやがってる、可愛い」というようなことを言う。ますます怒りが湧いてくる。こんな世話をされていることも、教室で過呼吸を起こしたせいでおおごとになっているのも、状況そのものも気に入らない。声を出そうとするがかすれて言葉にならない。全身を拭かれ体はまだしっとりと湿っている。ご飯を雑に盛っただけの皿を差し出され、ほとんど何も考えずに手で鷲掴みにし、口に詰め込む。指の感覚が鈍くてしびれているような感じがする。口いっぱいに飯を詰め込むと、看護師たちが「えらい、えらい」と褒めてくるが、じきに喉が詰まり苦しくなって床の白いビニール袋に吐き出してしまう。そこへ男が入ってくる。初老の男は医師らしく、髪は少し伸びた白髪交じりのスポーツ刈りで、全体にボート漕ぎかラグビー選手のような体格をしている。肌は黄土色に日焼けし、鼻は丸っこくて低く、顎はがっしり。例の緑っぽい半袖の手術着のようなものを着て、両方の腕に両端がすぼまった透明ビニールの使い捨てカバーのようなものをはめ、青い薄手のゴム手袋をしている。男はテキパキとして勢いがあり、声が大きく、忙しない空気をまとっている。私はようやく少し落ち着いた気持ちになって看護師たちに向き直り、発音に集中しながらやっとのことで「な…ん…で?」と尋ねる。看護師たちは少し困惑した表情を浮かべるが、「あなたがよくこらえたから(だから、死なずに踏みとどまった)」というような前向きな答えを返してくる。私は「ちがう」と言って、もう一度「なんで、私はみんなみたいに普通じゃないの?」「なんで私だけがこんな目に合わなくちゃいけないの?」というようなことを聞こうとするが、言葉が喉でつかえてぐじゃぐじゃに潰れ、泣き声に決壊してしまう。
すごくリアルな夢だった。カーテンの質感や水しぶきや部屋の空気に至るまですべてが鮮明で、実際に体験したとしか思えない夢だった。半分くらい、これは赤ん坊の頃の記憶が元になっているのではないかと疑っている。私は予定日より2週間早く生まれたのだが、心臓の弁が開ききっていないとかで経過観察のためしばらく入院していたらしい。母はその間病院に通っていたと聞いた覚えがある。入院中は医師や看護師の世話になっていただろうから、その時の記憶なのではないか。夢の中で印象的だったのは自分がずっと怒っていたことで、それは誰かに対してではなく、根源的なものへの怒りだった。「正しい状態が何かわからないけど、これはおかしい、聞いてない、理不尽だ」という怒り。
生まれてきたことへの怒りというやつを私は新鮮に持ち続けていて、大人になっても全然薄らぐことがないんだけど、みんなそうでもないのだろうか。中学生頃に親への反発として発する「産んでくれって頼んでねえよ」というあのセリフとはまた違って、生物として生まれてきた事実そのものに対する怒りだ。気分が落ち込む日には必ずといっていいほど湧き上がってくる。もちろん生きていて不快なことばかりではなく、むしろ快や幸福感の占める時間も多いのだが、そもそもそうやって快不快をいちいち感じるのが疎ましくなる日がある。「なんなんだよ? どうしろってんだよ? ずっとやれってのかよ?」と本気で思う。かと言って死んでしまいたいのかというと(希死念慮は時々嵐のような強烈さでやってくるのだが)、死への恐怖や食・排泄・睡眠など生命維持にまつわる欲望はばっちりインストールされていて逃れようもなく、私の行動はそれらを原動力に行われており、そのこともまた怒りに拍車をかける。