成人の日

hachimoto8
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 いつもの時間にバスに乗った。編集さんと毎週行っている定例会に行くのだ。といっても、近況を報告しあって「今週も書けませんでした」と言うのがほとんどなのだけど。前の方の席に明るい振袖姿の人がいた。首に真っ白なふわふわを巻いていた。ああそうか、今日は成人の日だったと思った。昔は私の誕生日が成人の日と重なっていて覚えやすかったのだけれど、いつしか1月の第2月曜日となり、日が前後するのでたいてい忘れてしまうようになった。その振袖姿の人のことはもちろん知らないが、華やかな着物の柄は美しく、結い上げて飾りを挿した髪からも前途洋々たる希望がこぼれてくるようで、こちらまで勝手にうれしくなった。ありがたいものを見た気分になり、心の中でおめでとうを言った。

 しかし目的地に着くとそんな気分は吹き飛んでしまった。さっきバスで見たような振袖姿の人が掛ける1000くらいいたからである。スーツまたは袴姿の人もそれと同じくらいいた。私はただ定例会に行くつもりで、何も知らず成人式が開催されるホールのエリアど真ん中にやってきてしまったのだ。普段土鳩が闊歩する歩道はすべて新成人で埋め尽くされていた。心の中でおめでとう、どころの話ではない。私の寿ぎパワーは一瞬にしてすっからかんになり、目の前のあでやかな集団がフラミンゴの群れかはたまたカラフルなゾンビに見えてきた。ひとり残らずひっきりなしに笑い、ポーズを撮り、写真を撮ったり撮られたりしまくっている。しかも全員同い年だ。同質性の高い集団はなんとなく気味が悪い。運転免許更新センターで長い行列に並びながら「ここにいる人達はみんな1月前後の生まれなのか」と思うとぞわぞわすることがあるし、なんなら自分の成人式でも同じように感じたことを思い出した。

 目に刺さる強い色の波をかきわけるようにして目当てのカフェを目指した。あっちでもこっちでもとにかく写真を撮っている。きっとバカでかい黒のビジネスリュックを背負った女が何人もの記念写真に写り込んだに違いない。「写り込みを回避しろ!」というミニゲームのアイディアを思いついた。身を隠して逃亡中の主人公が目的地に向かうのだが、途中で新成人の群衆にぶつかってしまい、証拠を残さないよう記念撮影の嵐の中をすり抜けないといけないというゲームだ。やっとのことでカフェの入口にたどりつくと、扉には「臨時休業」の札がかけられていた。「成人の日の混雑緩和のため、休業いたします」と書かれている。唖然としたが納得もした。こんなに日にカフェを開ければコーヒーが飛ぶように売れるに決まっているのに、その利益よりもスタッフの疲弊やクレームの発生などのリスクの方がよほど大きいと踏んだのだろう。すぐそばにある憩いのスペースも、スマホで調べてみると休館していた。みんな賢い。感じとしては、「おい、もうすぐこの村を山賊どもが通るらしいぞ。みんな家に入ってろ」というのに近い。こんな日に会場の近くにのこのこやってくる方が馬鹿なのだ。とはいえ、私以外にも地元の住民とおぼしき人や犬を連れた散歩中の老人などおり、みな一様におろおろしているように見えた。犬などはこの異様な騒ぎをどう解釈しているのだろう。編集さんと連絡が取れて、近くの橋で落ち合うことになったが、カフェから橋まで移動するのがまた一苦労だった。混雑の中をじりじりと移動しながらセーラームーンの悪役のことを思い出していた。セーラームーンの悪役は、エナジーを奪い取るためによく街の人々、とりわけ若者を襲いにくるのである。私が参謀だったら絶対成人の日を狙うなと思った。ようやく編集さんと会うことができて、年始の挨拶もそこそこに「一刻も早くここを離れましょう!」と言い、二人してすたこらさっさと逃げ出した。

@hachimoto8
なるべくしょっちゅう書く/始めないし終わらない/これで完成でいいや