寝る前の10分で書ける日記を目指しているのですが、最近の日記、多分1時間くらいかけてる。放っておくとどんどん長くなっていって、それが常態化すると、今度はその分だけ書くことがないような日は書かなくなってしまったりする。基準がどんどん上滑りしていく。そういう事態に陥らないためにも、10分で書ける日記という「枠」を強く意識していきたい。短いほうが読みやすいしね。Blueskyでシェアしたときに、埋め込みカードに「2000字」とか表示されるとウワッって思う。それだけで読む人減ると思う。
三連休は夢を見たか?
三連休は素晴らしい。三連休の中日の時の心の余裕って、ちょっとほかにないレベルだと思う。正月明け早々に成人の日とかいう祝日を設けてくれた人とは友達になれると思う。日本っていい国だなあ。
昨日の祝日月曜日はパスタを食べました。あと『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読み終わりました。いくつか読んだディックの小説の中でも全編ちゃんとアクションスリラーしていて、最後の方はちょっと意識があやしいところに入っていくけど、普通の小説としてとても読みやすい類だなと思いました。たしかにこれなら映画にしやすい、はずなのに、ブレードランナー、こんな話だったっけ?ともなった。観たのはかなり前なので記憶が曖昧だけど、相当改変されたストーリーだった気がする。もう一回見直したい。ブレードランナーは2017年に公開された続編『2049』のほうがかなり気に入っている。あの映像の世界観、色合いなどのビジュアルイメージも、むしろ原作『電気羊』に近いのではないか?と思った。82年版ブレードランナーは、「サイバーパンク」というビジュアル観を定義したという意味では間違いなく革新的だけど、逆にこの原作からどうやってあのイメージを創出したのかちょっと不思議だ。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』というタイトル、読み終わった後もその一文の指すところがいまいち不可解でもある。難解な問いかけとして人の心に残り続けるという意味では秀逸なのかもしれない。アンドロイドは夢を見ない。電気羊と同じ扱いを求めていたのだろうか。この小説の人間たちは、本物の動物を、本物の生命を何よりも貴重なものとして求めている。しかしそれらの区別もつかない、「スペシャル」な領域もある・・・
私たちはまだ、フィクションに出てくるアンドロイドと言えるような存在を身近で目の当たりにすることはない。でも、AIが本物と作り物の境界をどんどん融解させている途上でもある。しかもAIは、まさに夢を見ている最中と言わんばかりの混沌さまで、目の前で披露してくれる。そのスペシャルな時間の中に、いま我々はいるのかもしれない。
八代亜紀さん
12月30日に八代亜紀さんが永眠されていたことが本日報じられた。特別聴き込んだことがあるわけではないが、いつまでも楽しそうで元気そうなイメージの方だったので寂しい。2021年にDOMMUNEに出演されていた時に、八代さんの喋り方や人となりを知り、とても素敵だと思った。また、小西康陽プロデュースのジャズアルバムはとてもかっこよかった。渋さと、優しさと、アンニュイさが入り混じったような、力強い、どこかお酒の匂いがするようなその歌声、そしてどこか無邪気な子供のような明るいお人柄。これからもっと世代を超えて愛されていくはずだった、いや、これからも愛され続けていくのだろう。
サブスク堂
おげんさんのサブスク堂が今日から1クール分毎週放送されるらしい(再放送含む)。いま一番楽しみなテレビ番組だ。新シーズン第一回目の本日の内容、好き放題に尖りすぎてて笑ってしまった、とくに豊豊さん(松重豊)のチョイスがすごい。あと、紅白の時点でなんとなく分かっていたけど、NHKはNewJeansを推していくことをはっきり宣言したようなものだった。NewJeansとSquarepusherと吉田美奈子とThe Brecker Brothersと、あと松重チョイスのシングルしか出してないような謎の海外アーティストが流れて、次回予告で吉村弘まで流れる地上波番組、一体なんなんでしょうか?星野源、存在が許されすぎである。存在にありがとう。
というわけで今回の日記は45分かかりました。やっぱり一日置きとかにするからよくないんだな。毎日書けばきっと10分で収まる。そう思いたい。