日本全体を舐め回すような台風が、超ゆっくりやってくる。はずだった。30日現在、勢力が弱まってきてるし、関東に来る前に温帯低気圧になるとか言われている。数日前の予報では、明日・明後日辺りに関東に直撃する予報だった。その予報は僕をとてもヒヤッとさせるものだった。なぜなら31日は宇多田ヒカルのライブの予定が控えていたからだ。
また台風とライブの予定が重なってしまうのかと思った。つい先々週、8/16はソニックマニアと台風の予定がかぶった。ソニックマニアは、サマーソニックの前夜祭という位置づけで行われる金曜夜からのオールナイトイベント。しかしラインナップもエレクトロニック傾向でありつつも粒ぞろいな出演者が用意され、音楽好きの間ではサマソニよりも質が高いのではと言われる。だが今回、台風のせいで前日から新幹線や飛行機の計画運休が決まり、遠方から参加予定の人は行く手段が絶たれ泣く泣く諦めるというパターンも続出。安全のためにも中止すべき論も飛び交う中、僕もハラハラしながら迎えた当日。主催のクリエイティブマンは、開催決行はするが来られない人にはチケット払い戻しをするという決断をした。手間や興行を考えるとなかなか苦しい決断だったのではないか(フェス用の保険というものもあるらしいが、どこまで保証されるものなのか)。そんな中、とりあえず在来線がどこか動いていればなんとか行ける地域の自分としては、いつどうやって行くかの判断が求められていた。
というわけで、イオン。イオン幕張新都心というデッケェ~イオンモールに、ずいぶん開演より早めに行って3時間ほど時間を潰すという行動となった。開演にちょうど良いぐらいに出てしまうと、京葉線が止まるかもしれないと言われていたので。結果的には、台風も脅されていたほどではない感じで、京葉線も数を減らしながらも動いていたようだし、クリエイティブマンの判断は間違っていなかったらしい。台風だし金曜だしということで人も少なく広々としたイオンモールのフードコートは実に快適で、これは一生(3時間)いられると思った。なにより驚いたのは、このイオン、ペット専用の館がある。モールの一角にペットコーナーがあるのではなく、3つくらい連なったモールの一つがペット用。すごい。そういえば幕張に住めるような人たちは富裕層だったことを思い出した。
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※これはイオンモールの中にいたキイロスズメバチ
そんなこんなで、台風もいい感じに台風らしくなってきた頃、濡れながら幕張メッセに入場することができた。ソニマニは自分にとっての唯一の夏フェスであり、夏祭り。というかそもそも夏フェスというものに行きたいという意欲は別になく、単純に出演アーティストが好みすぎて、この人たちを一夜にして見れる、音を浴びさせてもらえるならいかざるを得ないという感じなのだ。とはいえ、幕張メッセに入って広々とした会場や出店を見るとテンションは上がる。遠くのステージから重低音が聴こえてくると胸は高鳴る。今年も来れた!という気持ちになる。一年の中で一番、走り出したい衝動がやってくる。さあ以下はざっくり、観たアーティストを走りながら書いておくよ。覚えているうちに。宇多田ヒカルにメモリーを塗り替えられる前に。
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サカナクション
サカナクションって、すごい人気。そしてファンの熱量もすごい。サカナクションを見るためだけにソニマニに来るという人もかなり居たように思う(一番広いマウンテンステージのトップバッターでもあったので、開場待ちで並んでいるくらい気合の入った人たちはかなりの率が「魚民」だっただろう。後ろに居た人は、電話で「サカナクショングッズ"全部"お願いします」と話していて戦慄した)。しかも今回は、療養期間を経ての復活ムードに加えて、以前企画しながらも山口氏の状態が思わしくなく、山口氏抜きで実施することになった「サカナクション×アンダーワールド」のコラボライブというものがあり、今夜はそのリベンジという側面もあったわけだ。
正直、僕自身はサカナクションの音楽は何度か聴きつつも、あまりハマれないなというポジションの存在なのだが、山口氏が好きな音楽については親和性も感じるというところ。テクノなトラック作りは好感あるのだが、やっぱりサビで歌い上げる感じが邦ロック!テイストすぎて、突然対象ではないように引いて見てしまう。それでもライブで音作りを聴くと、ああなるほどUnderworldも大好きなんだなとサウンドから共感を覚えてしまった。というわけで『MUSIC』が流れ始めて大盛りあがりのフロアから離脱。
Arca
副本命アルカ。異形の電子音楽プロデューサーであり、聴いたこともないような生々しいIDM?から、昨今は自身でスペイン語で歌うことに重きを置いており、もはやビョークとかを思い出すようなアーティスティックで崇高でトランスヒューマンな世界観をサウンド・ビジュアル両面から構築している、というまぁ、一体どんなライブが繰り広げられるのか皆目検討がつかない類の存在だったのだが。驚いた。サウンドはもともと非常に緻密で凝りに凝っていたのだが、このライブでは基本音源を流すだけで、Arca自身は妖艶に踊り、歌い、性を超越したかのような美しく崇高な象徴として、ステージを舞っていた。途中ではステージ上に用意された怪しげなブランコに座ったり、そのセットによじ登って花を投げたり、ステージからフロア中心に用意された花道を駆け抜けて観客の黄色い声を浴びたかと思えば、PAのスタッフとKISSしていた。いきなりバズーカを持ち上げたかと思えばスモークまで撒き散らして、冗談みたいなやりたい放題だ。やりたい放題といえば、千葉雄喜の「チーム友達」のステージにも飛び込んでセクシーな踊りを披露していたらしい。やべえものを見た。美しかった。出来ることなら最後まで見たかった。次のUnderworldと後ろが被ってさえいなければ・・・。
Underworld
本命アンダーワールドです。Underworldは、昔から大好きで。Underworldに音楽の価値観を教えてもらったし、広げてもらったし、そしていつでも帰ってこれる場所でもあったし。mixiのUnderworldコミュニティには、説明欄に「僕らにとってのビートルズでしょ!」と書いてあって、まさにそうと思ったことを覚えている。僕にとってのイギリスのイメージは、Underworld。僕がSNSのアイコンをグレーにしているのはA Hundred Days Offの影響。そんな大きい存在なのに、今までライブを見る機会に恵まれてこなかったのだ。なぜかカール・ハイドのソロのインストアライブをタワレコで見ることはできたけど。あとtomatoのJohn Warwickerとは写真も撮ったことあるのに…。
というわけで、観ないわけにはいかなかった。見れた。感無量になった。
いきなりTwo month offで始まり、僕の一番大好きなDark Train(この曲がアンダーワールドの中心だと勝手に思っている)。新曲も挟みつつ、King of Snakeの迫力に圧倒されたりしながら、Born Slippy NUXXで昇天。残念ながらRezを聴くことは叶わず。単独で来てくれ!
Underworldの曲は実際かなりアート指向が強く、内省的で奥に染み渡るような楽曲も多く、そういうのが大好きなのだが、その視点はそのままでありながら、こういった大規模なフェスの会場でも観客を完全に持って行って両立させるような音楽性がある。VJ演出も、ただの線、ただの文字、ただの光、そういったシンプルなものばかりなのに、そこには本質だけがある。内側も外側も、裏も表も全ては繋がっているのだから、全てはこの四つ打ちの中で語られているのだからそれでいいのだという、強力な一本の肯定感がそこにはあった。
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坂本慎太郎
深夜1時の坂本さん!ムーディーすぎるよ!坂本慎太郎は既に過去3回ほどライブを見ているのだが、毎回セットリストもガラッと変わるし、ライブアレンジもかなりアグレッシブに変化、サックスの吹き荒れるシュールな異空間で会場を謎の多幸感で包み込む。本人はライブなんて興味ありません、みたいな顔をしながら、いつもいつも飽きさせない最高のライブを用意してくれる。大好きなのでしっかり見たかったのだが、後ろのNia Archivesが気になっていたので苦しみながら2曲で離脱。しかし「まともがわからない」という名曲を演ってくれてとても満足。本当にまともがわからない世の中になってしまった。この世界で一番まともなのは坂本慎太郎だと思う。
Nia Archives
音源を聴いて気になっていたジャングリスト、Nia Archives。ジャングル・ドラムンベースの若き新星。ウキウキと本人も楽しく踊り、歌いながら、凶暴なジャングルの嵐を幕張メッセにドロップ。初っ端からアクセル全開で全く体を休ませるつもりがない。世は空前のドラムンベース・リバイバル、そして90年代のファッション、ビジュアルセンスもリバイバル。それらのド真ん中で、若さに任せた脳汁過剰放出トラックと、点滅し続けるVJでフロアは錯乱。はっきり言って今日一番踊った。Underworldよりも。踊ったというか、強制発汗マシーン状態。何かを発散したいなら、こういう音楽が一番かもしれない。あと、日本人って、こういう疾走感ある小刻みのリズム好きなんだと思う。最高でしたが、最高すぎて疲れ果てて最後までいられませんでした!
cero
本日最後に見たのはceroでした。2023年の空気をそのまま圧縮パッケージ化した音楽といえば、ceroの『 e o 』だと信じて疑わない、それくらい自分の中で重要なバンドに上り詰めていた。今回のソニマニの中でも一番楽器が多いんじゃないかと思われるステージ(そのためにリハに時間かかってた)。ポリリリズミックで、プログレッシブな近年の楽曲で、難しいダンスをする僕ら。2時半過ぎという深い時間、人々が眠る時間に、夢のようにスウィートで、非日常的なアンサンブルとストーリーが浮遊する。NEMESISの厳かさによって夏の夜が救われる。魚の骨に鳥の羽根となった人間たちが戯れている。
なんだかんだ、しっかり濃い密度で楽しんでしまったソニックマニア。サカナクションからのArca、からのアンダワ、からの坂本慎太郎・・・など、とにかく世界観の幅が広すぎて、脳が少々バグりそうだった。そんな聴き方、家でもしないよという組み合わせ。幕の内すぎるのに、どれも面白すぎる。本当はタイムテーブルが被ってさえいなければ、長谷川白紙もめちゃくちゃ見たかったし、数々のアニメの劇伴を手掛けた牛尾憲輔によるサントラDJセットなんて新しい試みも、ぜひ体感したかった(agraphは大好きなので)。よくもこんなラインナップを揃えてくれたなと、感謝と多幸感に包まれながら、幕張の朝を迎えた。
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ふう。やっとソニマニのことを吐き出すことができた。なにより嬉しいのは、8月中をコロナにも罹らず乗り越えることができたこと。昨年は、ソニマニに行って見事にコロナを貰ってきてしまった。その教訓を活かして(懲りずに)、今回は人が密集する時には可能な限りマスクをするようにしていた。暑いけど、がんばりました。これで、心置きなく宇多田ヒカル様に会いにいくことができます!