10月になった。10月。冗談も休み休みにしてほしい(休んでたら12月になるぞ!)。
9月はしずかなインターネットも全然書けずにいた。理由はいろいろある。仕事は忙しくなく、むしろ暇が多かったくらい。ただ、休みの日は結構なんやかんやと動いていたことと、なにより精神的にはちょっと余裕がなくなっていたところがある。この日記は、そんな9月を軽く振り返るための日記、月記だ。
・宇多田ヒカルのライブに行ったこと
そういえば前回の日記的なものは8月のソニックマニアに行ったことだった。その日記で「じゃ、宇多田ヒカル見に行ってきます!」と言ったっきり、以降の報告をここではサボりっぱなしだった。といってもBlueskyではライブ後に連続ポストしたりしてるのだが。8月末に宇多田ヒカル様をこの目で拝見し、目の前での歌唱を聴いてから、もう一ヶ月以上経ってしまった。今更詳細にレポートをする気にはなれないので、ライブ映像もリリースされることが決まっているので、それを観てほしい。というかなんか、もう夢のようだった。自分の中の宇多田ヒカルという記憶を掘り返して圧縮された夢。自分がここまで宇多田ヒカルを好きで聴いていたことに、初めて気づくような夢。思い出そうとすればするほど。
ライブは言ってみればとてもシンプルなものだった。ド派手な演出や映像とは無縁な、日本を代表するトップアーティストのコンサート、という割には大人しいというか、上品と言えるものだった(そんなにJ-POPのライブに行くことがないので基準もよく分かってないが)(そもそも宇多田ヒカルをJ-POP代表とか、歌姫とか、その枠内にあてはめることが適切なのかも違和感を感じるところ)。しかしだからこそ、その楽曲の良さ、演奏の良さと、宇多田ヒカルの声の特徴がよく響いてきた。横浜の新しいコンサートホール、Kアリーナの音は良かったと思う。席は上の階のほうでステージからも遠い方で、決して良い場所とは言えなかったけど、それでも間近で演奏されているような音の迫力を感じた。さすがに後ろの壁が近いせいか、低音はちょっとボワつき気味だったが。
ライブ演出として印象に残ってるのは、まず開演前、会場にずっと低音のシンセベースのような音がうなっていて、それがどうやらステージ上のSF的な、モノリス的な映像投影装置と連動しているらしく、時折グリッチな音と光を交えながら、開演が近づくにつれてシームレスに音と光の動きが大きくなっていく、そしてそのまま消灯・・・と、「いつからオープニングが始まっていた!?」というようなニクイ空間演出がよかった。会場のざわめきという日常からヌルっとSCIENCE FICTIONな非日常へクロスフェードでワープしていくかのような導入。そこからまさかの第一声、time will tellのあの「huumm....」というフェイクが始まる。あの迫力ったらなかった。それともう一点、ド派手な演出とは無縁…と言いつつ、すまない、One Last Kissの照明含めた演出は、この日随一でした。シン・エヴァでラストシーンに流れてきた瞬間から特別な曲ではあったが、一体どこまでこの曲は高みに行くのだろうか!?
・ゲームのこと
スプラトゥーンをやめられている!
9月13日~15日に、スプラトゥーン3の2年間アップデート終了を飾るラストフェス、グランドフェスが行われていた。その期間にスプラトゥーンの世界を存分に楽しんで以降、不思議とまったくスプラトゥーンに触らなくなった。それまではほぼ毎日遊んでしまっていたというのに!だが、スプラトゥーンはもともと、やる度に「早く辞めないと…」と思っていたのだ。やってる時の心情としてはギャンブル依存症か、もっとマイルドに例えてもタバコのようなものだった。連勝している時は「この調子のままもっと行ける気がする…」となるし、連敗している時は「次こそは勝てるはず…」となっている。そんな連勝と連敗を繰り返すシステムになっているせいで、とても精神が消耗する。疲れると分かっているのに、勝てたときの気持ちよさも癖になっていて、食後の一本ならぬ食後の一戦、という生活習慣になっていた(一戦で終われた試しがない)。
だが、グランドフェスで一区切りついたのか、さすがにストレスが溜まりすぎて体が拒否しはじめたのか、今はすっかりスプラから距離を置くことができている。まぁ他にもはっきりした理由はあって、スーパーマリオワンダーを始めていたことと、それをクリアした直後からは『ゼルダの伝説 知恵の借りもの』を始めたからだ。他のゲームをやってる間はスプラトゥーンのことを忘れられる。その傾向は前からあったのだが、だからこそクリアしてしまったあとが怖い。だが今回は、ゼルダを始める前の少しの空白期間も、スプラに触らず、音楽や本に触れながら過ごすことが出来た。スプラの気持ちよさを思い出す前に、スプラで味わうストレスの方を脳が先に思い出すことができている。いい調子だ。だが油断ならない、一回またスプラを始めてしまったら、気持ちよさでまた脳が麻痺するかもしれない。まるで本当に禁煙生活、依存症からの離脱に励む人間のような記述である。スプラトゥーン4が出るまで、このままスプラを忘れて生きていきたい。4が出たらまた同じことになるのでは。4は買わないという判断はないのか。そういった問いには、持ち帰って検討の上後日改めてご報告いたします。
あ、知恵の借りものは、とても面白いです。ティアキンを作ったあとの任天堂は、2Dゼルダでさえこんなに新しく出来るんだという驚き!
・外部研修しんどいぞ、のこと
さて、冒頭に精神的に余裕がなくなっていると書いたが、その理由の震源はこれである。会社から「今より偉くならないか……」と言われ「はぁ……」などと濁しているうちに、あれよあれよと乗せられ流され、マネージャーというものになるためのプログラムというのものに流し込まれ、がっつりパワーを使う外部の研修まで受講しなければならなくなってしまった。自分は社会人としてはだいぶ終わってるほうなので、他の同期や後輩と比べて昇格するのも遅いし、別に部下をしっかり抱えてるわけでもないし、それでもそんなに不満はなかったというか、なんなら社会人一年目の頃から「こんな不適合者がこんな給料もらってて本当すみません」みたいな姿勢のまま長年過ごしてきてしまい、縁の下で隠れながら過ごすことに慣れすぎてしまい、「これからは経営側の視点も持ってもらいます」みたいなことを突然言われると逃げ出したくて仕方がなくなる。というかうちの部署はそもそも人も少ない限界部署なので、晴れてマネージャーという肩書がついたところでやることが変わらないのは目に見えている。それなのにまぁ、昇格すれば給料は上がるだろうし、うだつが上がらないまま過ごしているのにそんなチャンスを与えてくれた会社には感謝すべきなのだろう。なのだろうが、とにかく今はその外部研修が憂鬱でしかたがない。
ただ座学で講義を聞くだけならいい。それについてレポートを書くくらいだとしてもまだいい。研修内容はそうではなく、知らん会社の人たち30人くらいと、主にディスカッション形式で、積極的な発言やZoomのブレイクアウトルームを用いたグループワークが求められるというのだ。それを聞いた瞬間、イヤ度MAXに突き抜けてしまった。これがイヤじゃない人っているんですか!?楽しそうと思う人達だけでやったらいいと思います!
これが10月から始まるというだけで、ウワ~~~~イヤだ~~~しかも始まる前の事前課題までもう出されてるウワアーーーーとなっていたせいで、9月は精神が圧迫されておりました。もしかしたら、これ以上圧迫されたくないという気持ちが働いて、スプラトゥーンに手を出さずにいられたのかもしれない。俺に必要だったのは、スプラのストレスを受け止めきれないくらいの別のストレスだったのかもしれない。
そんでまぁ、これを書いてる今は、既にその研修第一回を終えたあとなのですが(1回3時間が全6回で12月まであります!死ぬ!)。とりあえず講座の空気感が分かり、全員初対面という場は抜けたので少し気が安らいでます。と同時に、これをまだまだ続けるのかという絶望感に今はすり替わってきております。無の感情が育ちそう。12月まで、僕の中で仮想的社会人像という「無」を育て上げたいと思います。体力が保てば・・・(普段の仕事もしながらこの研修もするの、異常では?)

このポストの裏側の気持ちとしては、つまりそういうことでした。10月になったら、12月まで無が始まる。
“ 私の価値がわからないような 人に大事にされても無駄
自分のためにならないような 努力はやめた方がいいわ ”
ん?なんで急に宇多田ヒカルの歌詞の引用が?
“ サイコロ振って一回休め 周りは気にしないで OK
王座になんて座ってらんねえ 自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ ”
はい。
生き延びていきましょう。