「あれー?朔也っちがこんなとこにいるなんて珍しい」
「お前もな」
都心から外れた森の中。そこに朔也と烏姫がいた。森の中は木漏れ日が差し込み、春の日差しを受けてほのかに肌が温まる。吸い込む空気は澄んでおり、嫌味のない土っぽさが香った。
「省吾に言われた。森林浴がリフレッシュに良いって」
「えー、そんな朔也ってストレス貯めてるタイプなの?」
「主にお前らのせいだ」
「ひっどーい。姫様マジ憂し~」
双方ともそんなこと露も思ってもいない会話をしつつ、烏姫は何かを取り出した。「久しぶりにやりたかったんだよね」と言って取り出したのは箱だ。筆で「百人一首」と書かれている。
「それ、なんだ?」
「知らない?百人一首だよ。かるたみたいなもん」
「ああ、なるほど。……でもそういうのって上の句が分からないと取れないんじゃないのか」
「そのとーり。だから、朔也っちには覚える時間をあげまーす!姫様ちょ~心ばせ人!」
ばばーん!と効果音が出そうな勢いで、箱に入っていた説明書を朔也に渡す。ちょっと訝しく見てから、朔也は受け取った。上から下まですーっ、と読み通す。説明書には上の句と下の句だけでなく、作者と現代文での訳も付け加えられていた。
「……なんか、愛とかの意味のやつが多いな。そういうもんか?」
「そういうもん。だってこれの元……短歌ってのは、コミュニケーションの一個だったわけだし」
「へえ?」
「要は内容を縮めた手紙だよ。ある程度決められた構成で、心情とか、情景を相手に伝える手段だった」
「愛の札が多いのもそういうこと。ラブレターってことだよ」
朔也が百人一首を覚えている中、烏姫はマットを敷き、その上に札を並べていく。
「ちなみに、烏姫が好きな札ってなんだ?」
「えー?なんだろ」
札を丁寧にそろえながら、烏姫はゆっくりと詠む。
「"めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに"」
「"くもがくれにし よはのつきかな"」
「……どういう意味?」
「友達がやってきてくれたのにすぐに帰ってしまった。まるで雲間にすぐ隠れてしまう夜半の月のように、ってこと。紫式部の歌だよ」
「紫式部……は聞いたことある。へえ、昔の人間もそういうことがあったのか」
「ん、朔也っちもそういう経験あるの?こんな友達いません顔してるのに?」
「失礼なヤツだな。……あったよ」
朔也は揃えられた札を興味深そうに見る。烏姫はふふん、と自慢げにそれを眺めていた。
「これが揃うだけで良いでしょ!?いや~やっぱり古語ってマジめでたし~!」
「……まあ、言葉が綺麗なのは認める。お前のよくわからん古語は認めんが」
「うるさいなあ。じゃ、朔也っちも覚えたでしょ?やろうよ!」
烏姫が携帯のアプリで詠み上げてくれるアプリを起動させる。朔也は特に勝つとか、負けないとかそういう気ごころはないようで、ぼーっと札を見ていた。
「……めぐりあひて……」
その言葉が聞こえた瞬間、朔也の目の色が変わる。パシンッ、と鋭い音がして、烏姫が目を見開く。その方向を見れば、先ほど烏姫が好きだったという札が縦にくるくると回り、そのまま地面に倒れた。それを朔也は拾いに向かい、
「これが雲隠れってやつか?」
と、面白いのを堪えれきれない笑みを浮かべ、札を持っていた。アプリがどんどん詠んでいくのも無視で、烏姫は、
「……ちょ、ちょっとー!?姫様が一番好きな歌だって言ったじゃん!?あー、もうやる気なくした!!ぜーんぶ朔也っちのせいでーす。まーじ無下なり~」
「最初にお前が提示したのが悪い」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ烏姫と、それを面白そうに煽る朔也の元に、遅れて来ていた省吾が「そろそろ仕事に行くよー」と声をかけていた。
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「れいんとさかもと」短編
お題 「木漏れ日注ぐ森」「手紙」「詠む」
キャラ(今回は2人)
「月谷烏姫」「堀川朔也」