しくじった。
とある依頼で調査をしていた。僕一人での調査だった。久しぶりということもあり、身体がなまっていたのかもしれない。小型カメラで証拠を撮り、聞き込みも終えた。その矢先にターゲットに気付かれたのだ。この場合、焦って逃げるのは得策ではない。「こんにちは」とあえて挨拶をし、通りすがりの少年を演じて事なきを得た。ただ、ターゲットの尾行にまで追いつけなかった。また後日追跡をして、どこにいるかを探り当て、聞き込みもして、資料も整理して……。
そんなことをたくさん考えていると、不意に強い眠気に襲われる。
僕はそんなに身体は強い方ではない。それにプラスして「仕事をミスした」というストレスも加わった結果だった。探偵は体力勝負だ。最近は東城や久瀬に任せていたから、そのあたりもあったのだろう。なんだか一人になりたくて、人気のない路地裏に隠れる。そしてそのまま体育すわりをして膝に顔を埋めた。冷たく硬い布の感触が、冷え切った頬に当たり、やわらかい温かさを取り戻す。
その温度で、いつの間にか僕は意識を手放していた。
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「北大路、結婚するんだって?」
東城の驚いた声が響く。
しー、と北大路が口先に指をあてた。
「そんな大きい声出さないでよ。……そ。来月にね」
「来月って。まだ僕たち全然準備も出来てないけど」
「それはアタシもよ。指輪のデザインをどうするかで延々に悩んでいるの」
うーん、と北大路は婚約指輪のサンプルを広げる。細かい装飾が施された指輪から、シンプルにダイヤが付けられたものまで。いくつか候補として丸印がついているものの、それでもなかなか決まらないようだった。こっちはどう?とか、それは合わないな、なんて会話が僕たちの間で繰り広げられる。当事者である北大路の恋人を無視して決めるのはいささかうしろめたさがあったものの、まあ、特に気にしてはいないだろうと結論づけた。
「まあ、これとこれ……かな。この二つでもう一回話し合ってみる」
「俺はあっちが良いと思ったんだけどな」
「まあまあ、東城。それよりも、おめでとう」
その言葉を聞いて、北大路はくしゃっと「ありがとう」と笑顔で言っていた。
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「だーかーら!!あれはお前の責任だろ!?」
「違いますー!左神さんが悪いんですー!」
はっと顔を上げる。遠くの方では聞き馴染みのある声がいくつかしていた。
左神とリベカだ。離れたところで北大路の声もする。何時間くらい寝ていたんだろう、と時計を確認。3時間ほどだ。北大路が戻ってこないのを疑問に思って連れてきたのだろうか。路地裏から出ようとしたときに、三人と合流する。北大路と殆ど顔が間近に当たり、北大路は目を丸くした。
「アンタが焦ってるなんて珍しい。どうしたの?」
「ちょっと仕事でミスをしたんだ。後で詳細なことは伝える」
「そう?わかった」
なんだなんだ、と先ほどまでケンカしていた左神とリベカも顔をのぞかせる。
「西条さん、路地裏でずっと寝てたんですか?こんな寒いのに……」
「り、リベカ、カイロならありますからどうぞ!」
「大丈夫。ありがとう。ちょっと疲れていてね」
「それなら桜庭の車で帰る?帰り途中で寝られても困るから」
「そんなことはしないけど。……」
ふと、北大路の指先を見た。今は手袋はしていない。
「指輪」
「え?」
「なんでもない」
薬指には、何も嵌められていなかった。
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「れいんとさかもと」短編
お題 「路地裏」「指輪」「眠る」
キャラ(今回は4人)
「西条藍」「北大路ぽあろ」「左神幸太郎」「星野リベカ」