ジーッ、という音が鳴り響き、ゆっくりと周囲が明るくなる。
「良かったね~」「あそこ多分こういう意味だと思うんだよね」「トイレ行っていい?」といった会話が控えめに聞こえる空間で、あざれは思いっきり伸びをしていた。
二時間ほど座りっぱなしで肩も腰も痺れるように痛い。あとはとにもかくにも眠い。
ポップコーンの甘い匂いがしている中、
「……で、君が観たかったのはこれですか?」
じっ、とした瞳で隣にいる人物を見やる。 必死にメモを取っている彼女、四花はその声で視線をうろうろと彷徨わせていた。
「や……これ話題作なんです……。その、知人の中では流行っていて……」
「これが流行っている界隈からは抜けた方がいいですよ。はっきり言うと駄作です」
「それは……思ってはいたんですけど……でもあのシーンとか、結構オカルトの深いところに突っ込んでいて、更にテーマが有名な都市伝説を扱っているのでシンパシーも感じまして」
「良いから帰りますよ」
「はい……」
今日は特に何もない日だった。 調停者としての仕事もない。何か異変が起きたわけでもない。
そういうわけで、四花の趣味であるオカルトのB級映画を一緒に観に来ていた。
最初は渋っていたものの、「見聞を深めるため」という四花の一言で来た。 また、四花が一人だとどうしても心細いから、と懇願されたのもある。
だがなんせあざれにはそういった趣味はない。
最初から最後まで興味のないものを二時間弱見続けるのはそれなりに苦痛だ。 実際あざれの目は完全に死んでいるし、普段小食な彼ですら気分転換に飲み続けたLサイズのコーラを最終的には飲み干したほど。
四花はうなだれながらも、メモ帳をしまい、帰る仕度をした。
あざれも倣って仕度をし、気晴らしにどこかに行こうかと思っていたが、「あ」と声を上げる。
「そういえば、映画に出てきたあの場所、なんですか?」
「あの場所?」
「ほら、野菜とかがなんか棚に置いてある場所。人が多くて。お米とかもありましたよね」
その言葉で四花は瞬きを数回する。
「えっと……あざれさんはスーパーには行ったことがないんですか?」
「スーパー?」
その言葉で四花の笑みがひきつる。 もともとあざれが世間知らずであることは知っている。 思い返せばどういう生活を送ってきたのかは誰も知らない。 にしてもスーパーくらいなら知っているだろう、と思っていた。
「買い出しに行く場所ですよ。コンビニより安いんです」
「コンビニ?」
━━━
「あざれと四花?スーパーにいるなんて珍しいね」
「あざれさんの見聞を深めるために……」
「映画観に行ったんじゃなかったっけ」
「いや、根本的に……」
ちょうど良いタイミングで、映画館近くの大きなスーパに藤花と省吾が買い出しに行っていた。 少し離れた場所に静久がいる。護衛のためだろう。
あざれは興味津々で野菜コーナーを見ていた。 隣で省吾が説明を加えている。
「こんな袋もなしで置いておいて大丈夫なんですか?買うときはこのまま?」
「傍にビニール袋があるから、そこに入れるんだよ」
「へえ……」
まるで外にあまり出ない子供が親から切符の買い方を教わっているようだ。 そう思いながら四花は省吾にあざれの説明を任せて、総菜コーナーへと向かう。
す、と静久が買い物かごを渡す。
「四花さんは自炊はされないんですか」
「えーっと……するときはあります。深夜とか、お店が空いていない時は」
「普段は総菜を?」
「そうですね。ここのスーパーだとオクラと白身魚の炒め物が好きなんです」
「なるほど。惣菜は私も頼りにしています」
「ですけど自炊もしてくださいね。惣菜だと栄養が足りない可能性もあります」
正論をぶつけられた四花はなんとも言えない顔をして「精進します……」とだけ返事をした。
今日は色々落ち込む日だった。少しでも癒しになるように甘いラテ系の飲み物を探していると、卵パックを手にした藤花が「あ、いたいた」と近づいてくる。
「四花、多分紅茶パックがないかも。識と御時が使ってるのどれだったっけ」
「紅茶ですか?確か識さんがこれで……御時さんはこっちだったかと思います」
「あー!そうだ!」
藤花は卵パックと、言われた通りの紅茶パックをカゴに入れて、「ありがとう!」とレジに向かう。
四花は人の顔と名前は一致しない。そういった病気だった。 だがある程度の好みや習性などは常にメモをしているので覚えていた。
今日初めての褒め言葉を貰い、メモをしておいて良かった、と過去の自分を少しだけ褒めていた。
ふと今日見た映画のメモを見返す。 必死に書きなぐった映画の良いところや考察が羅列されている。次はこれを観ようとか。今度あれを観返そうとか。
自分が好きならそれで良いかも。
でも、今度はあざれにも楽しんでくれるような映画を選ぼう。
思考の整理をして、四花はお気に入りの総菜をカゴに入れていく。 他にも飲料水や、ちょっとしたお菓子を入れた。 探していた紅茶ラテも見つけて即購入。 静久の言葉を思い出し、冷凍の野菜もカゴに入れ、会計を済ませる。
あざれはどうしているだろうか。
そんなことを考えていると、少し遠くの方で立ち止まっているあざれを見かけた。 何をしているんだろう、と良く目を凝らしてみれば、試食コーナーにいるようだった。
吟味するように無言で見るあざれに、店員は営業スマイルで「いかがですか?」と声をかけている。 あざれは少し悩んだあと、一口食べる。
あざれは美味しかったのが見るだけでわかるほどの表情で
「もう一口いただけませんか?」
と店員に聞いていた。
店員は「構いませんよ」とどんどん渡し、あざれはひょいと食べていく。 小動物のように頬を膨らませ、幸せそうにしているあざれは珍しい。
なんだかんだで誘って良かったかも、と四花は微笑みながら見守る。
ある程度食べ終わったあと、満足そうにしてからあざれは四花の元へと向かう。
「ふむ。スーパーとは面白いものですね。僕は気に入りました。次はあそこに向かいましょう」
「スーパーというか、試食が気に入ったのでは……」
見られていたとは知らず、あざれはこほん、と咳払いをしてごまかした。
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「れいんとさかもと」短編
お題 「映画館」「お惣菜」「摘まむ」
キャラ(今回は5人)
「古蝶あざれ」「鷹村藤花」「藤代省吾」「刑部静久」「北大路四花」