"Life is like a box of chocolates"
チョコレートアソートにまさか死体が詰められているだなんて。
誰が思ったでしょうか。
悪趣味?とんでもない。
私は箱に詰められた一粒のような、スナック感覚のエンディングが見たいだけなんですよ。
死刑囚「七月初(ななつき うい)」は死ぬ寸前。そう語った。
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「チョコレートは?」
「そんなに好きじゃない」
「30点。貴方の好みを聞いているわけではないんですよ」
目の前の女は、やれやれとでも言わんばかりに大げさに首を振る。白いミニのワンピースから覗いた太ももを惜しみもなく上げ、片方の太ももと組ませる。
「これで10問目。アンタ、チョコレート狂信者か何か?」
「ナナツキは……チョコレートはそんなに好きではないですね」
「30点」
アタシは羽織っていたロングのシャツを脱いで、適当にくるみ、体育すわりでそれに顔をうずめた。繊維がちくちくと当たる。空調も何もないこの世界。ただ空気が凪いで、無駄口から出た二酸化炭素で覆われている空間。
ナナツキと名乗った目の前の女との会話はさっきの通り。首筋を触る。頸椎をナイフで切られた跡をなぞり、大きくため息をつく。
「アンタ、アタシを殺す時もそんなこと言ってたけど。哲学の問題?詳しくないんだけどな」
「哲学ではなく美学です」
「趣味は美学を謳いながら殺人をする事?」
「かれこれ十分程前まで続けておりました」
「結構なお点前で」
ナナツキ。本名は「七月初(ななつき うい)」。
手あたり次第の男女計6人を殺し、チョコレート菓子のように装飾して、箱に詰めた。
チョコレートアソートを模した殺人事件の犯人。いつも何を考えているのか分からない笑みを浮かべている。色素の薄いボブヘアー。目の際にオレンジのアイシャドウを置いて、果実を絞ったみたいな色の口紅をつけている。
目は虚ろでちょっと鋭くて、でも全体で見ると可愛い顔をしている。
破顔一笑とも言える無邪気な笑みと、何処か浮世離れした言動に寄せられたマニアがいた有名な芸術家。
今はただの犯罪者だ。それも複数人を殺したサイコキラー。アタシから言えばただの気狂いだ。芸術家ってそんなものよね、なんて寄田話をリアルで起こした阿呆だ。アタシはそれの被害に遭った。
つまりは死人だ。
死後までどうでもいい会話を実行犯としなきゃならないのだと、さっきから訴え続けている。
ナナツキはそれを適当にあしらって、本題に一切入ろうとしない。イラついたのも最初だけで、後はもう軽く諦めていた。ナナツキのセリフに目も合わせず応えて、かれこれ一時間は経っている。
ナナツキは指折り数えた。口から出る単語は人命。
殺した人間を確かめるように、嫌味なほど丁寧に数えていく。6人目にアタシが呼ばれた。
「戸倉いのり。17歳。アイドル。ピンク色がモチーフなんですよね?」
「ファンが適当に決めただけだけど」
「イチゴをイメージしたんです。甘酸っぱい青春の時期ですから」
「そりゃどうも」
「貴方が最後だったから、大分雑な仕上がりになってしまい、申し訳ない」
他に謝る事あるんじゃないの、と動かす口が止まった。
目の前には、チョコレート菓子が詰まった等身大の大きな箱があった。
よくよく見れば、その中身は人体で作られ、装飾されていた。ラズベリーの入った物なら、代わりに臓物が。金箔の飾りは爪を細かくした物。掛かっている赤黒い液体は言うまでもなく血液。髪の毛なんかは毛糸を編むようにして箱に。眼球を洒落た風に隙間隙間に埋め込んでいる。箱すらも、筋肉を削ぎ落してミルフィーユみたいに重ねて、木の板を合わせるように骨同士でくっ付いて出来ていた。
「人体チョコレートアソート」。
ナナツキはこれを自ら警察に手渡し、そのまま逮捕された。
犯行理由も、選んだ基準も全部があやふやで、最初は精神障害を疑われた。グロテスクかつ美しいこのアソートは、ナナツキ曰く「唯一の成功作」だと。ナナツキは全てを謎にしたまま檻の中で死んでいった。死んだ理由も謎だった。
「成功作以上の物を作れる自信が無かったんですよ」
そう言うナナツキの顔は、笑みだけ張り付けて、目は虚ろに空を見ていた。言葉の感触は無く、冬の日に吐く息みたいに曇り、か細かった。アタシはなんとなく気になって、目は合わせないけど、聞いてみた。
「プレッシャーに押し潰されたから死んだの?」
「はい。これが成功作だった。これが世に出れば、当然ファンはこれ以上の物を求めてくる」
「でも私にとってはこれ以上の物を作れる自信が無かった」
意外と繊細なんだな、と初めてナナツキに親近感を抱いた。それを圧し折るように、ナナツキはまた元の表情へと変えた。アタシの死体が納められたチョコレートを持って、言い放った。
「私はスナック感覚で得られる成功作が見たい」
「ローリスクで得られる物語。その為に、貴方を呼びました」
「"チョコレート・エンド"」
「私が求めているのは、それなんです」
齧ったチョコレートの欠片が、少し溶けて落ちた。
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路地の壁に寄りかかって、長くため息をついた。頭上のお月様はよそ事だと鼻で笑っている。もう無い首の傷を何度もなぞりつつ、街並みを見た。人はまばらにしかいない。低い家が立ち並んでいて、ぱっと見はチェコだかなんだかのおもちゃみたいな風景に似ている。遠目に高くそびえるアンティーク風の塔がある。上の方はもう霞んでしまって見えない。肌を滑る空気は確かに冷たいのに、ごったになった世界が現実感を解離させていく。息を吸うと、肺にタバコの匂いが微かに広がった。
「トウキョウ」。
本物の東京じゃない。
似せる気もないこの世界は、紛れもなくあのナナツキが作った箱庭だった。スナック感覚で得られるエンディング、「チョコレート・エンド」を見る為だけのハリボテだ。アタシは再度確認して、どうしたもんかなと頭を掻く。
ナナツキはこう言っていた。
成功作以上の物が作れない。だから成功作程度の物。それもスナック菓子のような物を作れば、皆ある程度満足してくれる。
でも自分にはもう作ったものがある。それに自分で作って得られる物より、他人が作った方がずっと良い物を得られる。
だから自ら殺した6人を指名し、この箱庭でそれぞれのエンディングを見せてほしい。
それこそがナナツキの求める「チョコレート・エンド」だと。
くそったれ、と想いを込めた蹴りは見事に空き缶を潰して虚空へと飛んでいった。
これ以上他人任せかつはた迷惑な事があるだろうか?ナナツキはとんでもない阿呆だが、同時にとんでもない狂人でもある。狂人の心中など察する事は出来ない。それに、ここでエンディングを見せれば元の世界へと生きて戻れるのだと、そう契約もした。
やらない手は無かった。17しか年を数えていない人生に終止符を打たれるのはたまったものではない。
ただ問題があった。
ナナツキが指名した6人が誰か分からないのだ。名前も顔や年齢までも分からない。確かここに来る前にナナツキが数えていたが、あまり覚えてはいない。そもそもナナツキが逮捕された事もナナツキから聞かされたことで、アタシは最後に死んでそれで終わりだ。
何の手掛かりもなしに、どうやってエンディングを見せれば良いのか。
アタシは元の世界でもアイドルをしていた。だから、この場所でもバーや喫茶店を借りて歌を歌っていた。半分はお金の為。半分は指名した人物たちを探すため。そうしているうちにいつの間にか「無名の歌姫」と呼ばれ、ファンもついてきた。そのファンにいないかどうか、何枚ものリストを確認した結果、途方に暮れていた。
「イノリさん、大分荒れてますね」
店から出てきた小柄な人物が、空き缶を拾いつつそう言ってきた。「もったいない」と丁寧に懐に仕舞い、近づいてくる。
「またあの人のことですか?思い出したらキリがないですよ」
「そうはいっても、脳裏に浮かんでくるんだから仕方ないでしょ」
「未練がましい人は嫌われますよ」
「アイツに言ってよ」
「ジョシュは馬に蹴られたくないので」
銀髪のくるくるとしたくせ毛、猫みたいな風貌のこの人は「ジョシュ」だ。自称「助手」。本名は仕事上消したらしく、その通りにアタシも「ジョシュ」と呼んでいる。
歌姫としての活動をしてから少しして、サポーターになりたい、と申し出たのがこの人だった。プロデューサーのような業務を全て一人でこなしてくれている。幼い外見と、舌ったらずな声とは裏腹にアタシよりも年上で、成人済み。常に「くりえーてぶ」な事を求めているらしく、ガラクタを蒐集する癖がある。アタシにはその「くりえーてぶ」な素質があると見なされたらしく、頭を下げられて、困惑しながらも手伝いの承諾をした。
全体的に猫みたいな容姿にはどことなく既視感があった。友人だっただろうか。やけに意気投合して、それからは一緒にいる。
「ジョシュの方はどうなの、見つかった?」
「名前だけじゃなんとも。この街にいる人は大概軽い偽名を名乗っていますから」
アタシの本名は「戸倉いのり」だ。
ただ、この街ではフルネームを名乗る事は殆どない。徹底的効率主義者が集まった結果、呼びやすいカタカナ四文字以内の名前で呼び合う。ジョシュのように職業名で呼ばさせる人も少なくはない。
「それよりもイノリさん。例のストーカー。また来てましたよ」
「あーあ。問題が山積みね。きっぱり断ったはずなんだけど」
こういう仕事上、ストーカーやらにはご縁がたっぷりとある。そのうちの一人がやけに熱心で、握手を求められた際に告白を申し込まれた。勿論断ったのだが、それ以降も「諦められないんです」と何度も何度も申し込まれている。
「警察って今連絡取れるっけ?」
「警察沙汰にするんですか?」
「それくらいしとかないと話分かんないでしょ。それに、その騒ぎで目的の人間が見つけられたらなお良し」
ジョシュはしばらくうーん、と唸っていた。
「助手も警察のお世話をしましたが……。あまり頼りたくはないですねえ」
「そんなに腐ってんの?」
「いえ、塔の整備に忙しいとか何とかで」
ふと見上げる。塔。このトウキョウにそびえたつシンボル。
下段には庶民でも入れる医療機関や事務所、法律関係などの施設が揃っている。中段には更に上の人しか入れない、警察署(東京の警視庁のようなもんだ)やら裁判所。上段には誰もが知らない「ヒガシ様」がいる。
そんな噂くらいしか聞いたことが無い。
アタシが世話になったのは活動するにあたっての許可を得る為にちょっと入ったくらい。それも大体が店の人に任せたから、本当に何も知らない。ナナツキの趣味とも思えなかった。ナナツキはどちらかというとシック系の物を好む。あの塔だけは、「東京」の摩天楼をそのまま繋ぎ合わせたかのように幾何学的だ。
「東京とトウキョウ。口頭だと分かりづらいわね」
「別称が欲しいと?」
「そうね。ニセトウキョウ?ニセトー?何か違うな。ハリボテ……」
「ショジョトウキョウ」
ふわり、と軽いメンズの香水がした。
艶のある黒髪を二つ結びにして、ざんばらに切っている。ストライプのリボンがゆらりと揺れ、塔を背中にいつの間にかそいつはいた。
「裏通りの通称ですよ。本物の東京がある。なら新しく作られたこのトウキョウはまるで生娘のようだ、とね」
少女にしか見えない口から、確かな少年の声が落ちる。
「無名の歌姫。しがないファンです。どうも」
「どうも。ショジョトウキョウ?洒落た最低な名前ね。どこで拾ったのやら」
「ショトウ、と略していますが。あんたはどうですか?」
「特にこだわりもないから良いけど。裏通りの人間?表でそんな華奢な身体、眩むんじゃないの?」
「裏の方が眩みますよ。チカチカ、ゆらゆら。無名の歌姫を一目見たくて」
「事務所通してもらわないと困りますねえ」
「事務所なんてないけどねえ」
「ないなら来ますか?事務所。丁度人がいないんですよ。いやあ、ラッキーですね」
軽いノリの会話が交わされ、改めてジョシュと顔を合わせて同じく唸る。ジョシュの目が軽く泳いだのが気になった。
恐らくこっちはナナツキの趣味だろう、と思える場所があった。アタシが行く店の文字通りの裏通り。そこはショジョトウキョウの掃き溜めだった。オクスリが行き交って、嬌声がつんざき、薄暗いネオンとひしめきあったタバコの煙。ガロ系とかで見そうな下町が広がっている。「裏通り」とはそこを指す。目の前の少年は裏通り出身、という割には身なりがしっかりとしている。甘く高い声と色合いが混ざって、綺麗に装飾されたチョコレートのようだ。
そして、ぼんやりとした既視感があった。アタシはその既視感を頼りに、そそくさと逃げようとするジョシュをひっ捕まえる。
「案内してよ」
黒髪をなびかせて、笑みを浮かべた。映る塔とその人が、ちぐはぐなのに、やけに重なった。
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「裏通りに女性二人をエスコートするには、それ相応の道じゃないと」
そう言いつつ、悪趣味なほどに裏通りを象徴する場所を通らされる。理解したくもない液体がこびりついていて、嗅いだこともない刺激臭が狭い路地の向こうからしている。どことなく暑く、でも太陽は一切差さない。暖房のような機械的な、人工的な風を受けながら、その人物の後を追っていた。
ジョシュがげんなりしている横で、その人は唐突に言う。
「丸の内よさり」
「本名?珍しいな」
引っかかるものがあった。
「裏では本名の方が意外と信用されやすいものです。歌姫さんのお名前を聞くのは無粋ですか?」
「戸倉いのり。歌姫って言われる方が嫌だし。こっちは助手。あいにく本名は持ってない」
「ふうん。戸倉。戸倉いのり、ね」
「言いたい事があんならはっきり言えば?」
「思い出していたんですよ」
そうして、錆びた鉄扉の前に着く。近くの壁にペンキで大きく描かれている。その文字と絵に無意識に目が行ってしまう。
日付。チョコレート。ボブヘアーの女性。6。
"Life is like a box of chocolates"
喉元で引っかかっていた物が、小骨のようにちくちく刺さる。その刺激で思い出していく。ここに来る前にナナツキが丁寧に数えていた人名。興味がなかったから、ほとんど聞き流していた。だけど、覚えている。
彼は、確かにあの中に入っていなかったか。
「戸倉いのり。6人目の被害者」
既視感が明瞭になる。
艶のある黒髪。中性的な顔立ち。綺麗に装飾されたチョコレート菓子のようだ、と。
「七月初の最後の被害者。探していたんですよ。もう役者は全員揃ってる」
「全員……」
後ろのジョシュがやけに震えた声で喋る。そうだ。そういえば。彼女にも既視感はあった。
鉄扉が開かれる。チョコレートの香りがする。
開いた向こうに、人がいた。よさりは順々に説明する。
「No1 久方貫」
白衣姿の男性。ふんわりとした横髪だけが長い黒髪。穏やかそうな表情で、紅茶を飲んでいた。
「No2 安心院千里」
全身を黒いスーツに身を包んだ、体格のいい高身長の男性。ぱっ、とした明るい笑顔で手を振ってくる。
「No3 成瀬小雀」
ワインレッドのシャツと、黒いスーツ。トウキョウの刑事としての証である腕章をつけている。暗い赤髪を片方で三つ編みにしている。後ろにいたジョシュがバツの悪そうな笑みを浮かべた。それとは反対に、柔和な笑みを浮かべた。
「No4 助手……本名の方が良いですか?」
「助手はそっちが本名のようなものなので」
完全に諦めた表情で、ジョシュは大きなため息をつく。確かに銀髪のチョコレートもあった。あれは彼女の物だったのだ。ただナナツキが言っていた名前ではない。本名なんだろう。覚えているから逃げ場はないぞ、とアイコンタクトを送る。おっかない、と返された。
「No5 丸の内よさり」
「そして」
「No6 戸倉いのり。そういうこと?」
よさりは満足そうな笑みを浮かべる。
「アンタは知らなかったでしょうが、先に殺されていたオレ達は粗方の外見・名前・職業を知っていた」
「だから先に全員で集まるべきだと、ね」
「そこの助手さんにも手伝って貰っていたんですが、さすがに痺れが切れまして」
「いきなり被害者の元に居合わせても混乱するでしょう」
「そうでしょうか?肝の据わった良い人に見えますよ」
「それに助手さんはストーカー問題を引き起こさせてこっちに誘導してくれたじゃないですか」
「ストーカー問題はたまたま起きた出来事でえ……」
成瀬が会話に混じる。ジョシュ──助手への悪意のない嫌味だ。どうやら助手がやけに警察に協力を仰ぐのを拒んでいたのは、成瀬がいたかららしい。その柔和な笑みと、どことなく掴みどころのない親切心は、確かにまあ、助手が嫌がるのもわかる。
「でも、七月さんが言うには、俺達でエンドを迎えなきゃいけないんだよね」
紅茶を置いて、久方が口に出した。そうそう、と安心院が相槌を打つ。
「チョコレートエンドだっけ。その最初がいのりさん、のストーカー問題ってことかな」
「え、アタシ?」
「七月さんはヒガシ様を通してエンドのルートを教えてくれるそうです。僕は刑事なので、そういった指令が出てこれだ、と思った次第で」
「俺も急に上から命令来たんだよね。あ、俺は黒服してるんだ。いるかいないかも分からないヒガシ様のね」
少し息をつきつつ、覚えていく。
「久方先生はオレの主治医で、最初に協力してくれた人です」
「元の世界でも医者だったんだよ。よろしく。気づいたら闇医者みたいになってるけどね」
困ったようにして笑う久方は、本当にただ単に巻き込まれた、という感じだった。大概の事はよさりに任せているのだろう。
「……。アタシはまあ適当に歌ってるだけ」
「助手は全てにおいての助手です」
「いい加減名前吐けば?」
「くりえーてぶ法律に逆らうので」
可愛い人ですね、面白そうに成瀬が笑う。助手がうー、と口を曲げながらアタシの後ろに隠れた。よさりは?と出された紅茶を飲みつつ問いかける。公娼、とあっさり言われて、思わず紅茶でむせる。
「アンタ、何歳……?」
「いくつでも客を取るのは自由でしょう?」
「さり君、病気には気を付けてよ」
「久方センセーがいるから大丈夫、でしょ?」
はあ、と久方がため息をついた。大分振り回されているようだ。お砂糖いる?と安心院が小瓶を開ける。机には被害者リストとして個々のデータが載っていた。それをぱらぱらと見つつ、砂糖をこぽん、と入れる。少し水が飛び散る。安心院もそれを見ながら紅茶を飲んでいた。
「とりあえず今のエンドはいのりさんのストーカー問題。それをどう終わらせるか」
「さんつけなくていいよ。フランクで良い。えーと、あんしんいん……なんて呼べばいい?」
「お兄さんで良いよ、そっちの方が慣れてる。いのりちゃんで大丈夫かな」
「お兄さん、ストーカーに関しては慣れてそうだけど。お願いしても良いの?」
「ああ、良いよ。元々助手ちゃんから依頼は受けてたからね」
「アンタ、いろんなところに唾つけてたのね」
「そういう命令だったんです!全部よさりさんが悪いですよー。誤解ですー」
「アタシに黙ってずっと引っ付いてたのはこの際良いけど。ねえ、よさり。アンタがここのリーダーなんでしょ」
それまでソファーに寝っ転がっていたよさりは、軽く身を起こして答える。
「リーダー、も決まってないんですよね。あくまでオレは全員を集めるまでの案内人なので」
「なんならいのりさん、リーダーになりません?最後の記念すべき6人目」
「厄介ごと押し付けてるようにしか思えないけど。まあいいよ。他の人が了承すれば」
他の人は各々了承した。それを見てからまた机に目を戻す。違和感を覚えて、机の端を見た。何かで掘ったように「幻日倶楽部」と書かれている。横には四葉。
「幻日倶楽部?ここの名前?」
「七月さんが決めたんじゃないですか?俺が来た時には既に彫られてて。あと」
よさりはソファーから立ち上がって、棚を漁る。そこから6人分の銀の指輪を手に取った。シロツメクサの細密な装飾が施された細い指輪だ。大きさはバラバラ。
「これがあって。グループ作れってことじゃないですか?」
「ふうん、ナナツキも案外少年漫画的ノリ好きなんだ」
「いのりさんは?」
指輪を見る。光源に照らして、内側に「No6」と刻まれているのを確認した。少し映った自分に対して笑う。
友情、努力、勝利。
皮肉な三大原則。これじゃないな。
偶然、諦観、敗北。
この街に相応しく馬鹿らしくって、良いと思った。単語を掲げたら、よさりが笑う。「少年向けではないですね」
「幻日倶楽部、良いんじゃない?」
指輪を嵌める。幻日。あるはずのないもう一つの太陽。全部終わらせて。そう、何もかも終わらせて。
終わったはずの人間達で引き起こす、エンディング。
「アタシたちで本当の東京、見に行こうよ」
意外と少年漫画的では?と、助手の言葉が聞こえた。
━━チョコレートエンド