曇った寒空の下。れいんは坂本家の玄関前にいた。手をこすり合わせながら、ほのかに暖かい息をかける。カバンにしまっていた携帯電話が通知を知らせ、確認する頃には車が到着していた。
「よ、れいん。待たせたな」
「大丈夫です、東城さん。この度はありがとうございます」
「西条の命令だからな。気にすんな。助手席に座れ」
扉を開けて促してくる。助手席に座れば、車内には既に興味深そうにこちらを見る人物と、正反対に目をそらし続けている人物がいた。
「あれ、れいんさんも?旦那の様子を見にきたんですか」
「は、はい。ということは、イアンさんも?」
「……ここにいるということで察してください」
突き放した言葉で思わず身体がこわばる。久瀬はある程度肯定的に接してくれるものの、イアンからは完全に突っぱねられていた。そこに東城が助け船を出す。
「坂本の兄の方はどうだ。あれから切羽つまってたみたいだけど」
「そうなんです……。一応、わたしには気にしないで良いと言ってくださったのですが」
坂本はとある事件により、今精神が非常に不安定だった。入院も勧められたほどで、その代わりに週一の通院と二時間程度のカウンセリングを行っている。今日はちょうどその日。家には弟である秋もバイトにより忙しく、れいんが一人になるということで、とりあえず手が空いている人でれいんを保護兼坂本の様子を見に行くことになっていた。
イアンはもともとれいんに対しては懐疑的だった。12人からは外れた明らかなイレギュラー。しかも寄せ餌のような役割で坂本の傍にいる。それが気に入らなかった。子供にそんな感情をぶつけるのも大人げないとは思ってはいる。それでも感情には抗えないようだった。
久瀬の方はというと、広範囲で「興味がない」。興味がないからこそそこまで当たりに行くわけでもなく、かといって褒めちぎったり心配をしたりするようなことはしなかった。
れいんからしたらイアンとは特に相性最悪。久瀬とも相性はいいとは言えない。そんな二人がいるとは思わなくて、ずっと車内で坂本から貰ったカバンの紐を握りしめていた。その様子を見て、東城は話題を切り替える。れいんに出来る限り話の方向性が行かないようにしていた。
「イアン、こっちの寒さは慣れたか。日本に来たのも一年くらい前だろ?」
「そうですね。やっぱり寒さの種類が違うのには慣れません。あと暑さも厳しいですね」
「イギリスでは湿度が高い暑さではないんですね」
「もっとカラッとしていますよ。ただ、その代わり曇り空が多いです」
「晴れた青い空を見るのはなかなかありません。日本に来てそれが一番印象に残ったかな」
あと……、とイアンは口を結ぶ。この話題で何か言いたくないものがあるのだろうか、とれいんは気になった。
「蚊……。アイツは……、厄介ですね……」
その言葉を聞いた瞬間、あ~……。と全員が納得の息を漏らす。
「蚊、ねえ。イギリスにもいるはいるんだろ?」
「まあ、多分。でもボクが住んでいるアパートには良く出るんです」
「蚊……。そういえば薬局に蚊を倒すスプレーがありましたよ」
「ああ、あれね。あれは効果が高いからオススメだ」
「へえ……そうなんだ。買っておこうかな。通販でも売ってます?」
「外に出ろ」
「一応モデルなんで」
なんだか蚊について話をしているだけで、肌がかゆくなってきた気がする。れいんは紐を握っていたこともあり、手の平がかゆく、少しかりかりと掻いた。よく見てみると、他の人も同じように思っていたようで、髪やら腕を少し掻いている。恐ろしや、言霊。
そんなことを話しているうちに、坂本が受診している病院に着いた。駐車場に車を留め、東城、イアン、久瀬がコートを羽織り外に出る。そこで、三人がれいんの方を見た。きょとん、としているれいんの指先は寒さで血色を失っている。もともと車での移動のみの予定だったからそこまで厚着をしていなかった。
各々が目を合わせ、
「れいん、これ羽織っておけ」
と東城が上着を渡し。
「……坂本に後で言われても困りますから」
とイアンが更に上着を渡し。
「旦那が心配されるのでは……」
と久瀬がついでと上着を渡す。
病院から出てきた坂本は、
「……れいん、なんでそんな厚着しているんだ?」
そう、不思議そうに見つめていた。
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「れいんとさかもと」短編
お題 「車内」「外套」「掻く」
キャラ(今回は4人)
「れいん」「東城邦彦」「イアン・オーエン」「久瀬伊月」