たましいのいろ

hajimism
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小学校の「イツメン」で一番はやくに結婚したのは、あの頃いちばん慎ましい少女だったCだった。この夏、イツメンは6人で式に呼ばれた。

Cが中高でギャルになったときはオセロの色がひっくり返ったみたいだと思ったし、在学中にデキ婚したと聞いたときは呆気にとられた部分もあったが、来客対応をする彼女の澄ました笑顔に自分にはない成熟を感じ、少々恐れ入ってしまった。そこには#fffや#000では出せないような、大人の深みがあった。お色直しの淡いパープルピンクのドレスがよく似合っていた。

Cの一番の親友であるNは「もし誰も取らなくて落としちゃったら興ざめになるから」と「仕方ない」という体を取りつつ張り切って最前列に並び、見事ブーケをキャッチした。NとCの目があって、Nは屈託なく跳ねて喜ぶ。新郎新婦とNの3人の写真撮影のあとに「次の会場へ移動してください」とアナウンスが入ったかと思えば、Nは水色のアイコスケースを握って「ちょっとこれよろしく」とブーケをよこして喫煙所に向かう。こいつは昔からそうだ。Nの爽やかなまでのstatelessさにはてんで敵わない。

「お嬢が行くなら俺も」と、Rがそそくさとついていく。甘えん坊一人っ子のRは自分の欲望に忠実で、遊びたければ遊ぶし食べたければ食べるし吸いたければ吸う。いや、吸える機会があれば吸いたい気分になった気がして吸う。喫煙所があればスタンプラリーのつもりで行く。「スーツに似合うから」と立派にはやしたヒゲの男らしさとは裏腹に、23になっても変わらない子供っぽさに密かに安心した。非喫煙者のガールズは、「Rはいつまで経っても青いねえ」とため息をつくのだが。

Tはこの日、体調不良で欠席だった。ぼくとRはTとの5年ぶりの再開になるはずで、「おいおいまじか」とがっくり来た一方で、その間の悪さがTっぽい気もした。唯一、幹事の人が事前に集めて二次会で流してくれたビデオメッセージだけがTの顔を久しぶりに見る機会だった。映像のTは、晴天の砂浜にただひとり、「結婚おめでとう」の文字が書かれたスケッチブックを抱えて立っていた。きれいな海辺にただひとり。それを見て横のNがニヤニヤし始める。いや、たしかに素敵な映像なのだけれど、あまりにもきれいすぎる海と、「純朴なTが一生懸命考えたんだろうなあ」というロケーションと、風であんまり上手く入ってない音声とが不思議なシュールさを醸し出していて、なぜだかかなり面白かった。イツメンのテーブルに失笑が伝染する。サプライズ上映の感動的な雰囲気の中吹き出すわけにもいかず、Tの後ろのでっかい入道雲に視線をそらして乗り切った。オフホワイトの柔らかそうな雲だった。

二次会終わり、Nの行きつけのシーシャバーにたむろして、各三次会会場を順番に周るCを待っていた。バー独特の、暗くて、開放的にも威圧的にも感じ取れるような雰囲気の中、ああ疲れたねえ、でもすごかったねえと、水タバコをもくもくさせながら談笑する。

「だらしなく座ってくれよ」と言わんばかりに懐の深いソファの隅っこで、Mはちょこんと、萎縮したひよこのように座っていた。Cとは逆に、Mは昔、誰よりもやんちゃな子だった。Mの名前を聞いたら、いじられ野球少年のジュンペーにMが飛び蹴りを入れているシーンが浮かぶくらいだったのに、久しぶりに会ったら遠慮がちな女の子になっていた。昔は甲高い大きな声で喋っていたのに、今は喉を下げたような落ち着いたトーンで話す。シーシャを一口だけ吸って咳込み、「吸えない、いらないや」とパイプを返してから、適当に相槌を打って空を見つめるMの瞳は、なんだか悲しそうに見えた。でも、あのときもそんな眼をしていた気もして、やっぱり変わってないなとか、思わないでもなかった。

店にCが来て、ちょっと喋ったと思ったらすぐに時間が来て、彼氏がお迎えに来たNと別れたあと、4人はYの車でカラオケに向かった。ここでわざわざオールして、朝になってから隣県にあるそれぞれの家に帰るプランだった。朝から準備して21時を過ぎてもまだはっちゃけられる若さと、「これが一生の思い出ってやつだろうな」っていうメタ認知が先走る「非、若さ」を併せ持つ23歳。いや、この4人でそんな事考えているのはきっと自分だけろうな。イツメンの中でぼくだけ少しズレていて、その紺色のズレをもってしてイツメンはぼくを認識しているのだ。

Mは早々に横になってしまって、マイクは3人で回すことになった。ぼくは中学からイツメンと離れてしまったから、みんなとカラオケなんて行ったことなくて、みんなといっても自分のほかは2人なんだけど、人数以上の高揚感がそこにはあった。Rはコブクロが似合ういい声だったし、Yは歌のお姉さんみたいな明るさと歌唱力を持っていた。3、4時間も歌ったらだいぶ疲れてきて、高速道路も空いている時間帯なんだからそこで帰ればいいのに、ちょっと仮眠を取ってまで朝を目指す。なんなんだろなこれ。横で丸まっているMをみんなが気にしたり忘れたりするのも含めて、なんだか心地良い空間だった。

ぼくは発声が下手だったのか途中から喉を潰してしまい、ひとり一曲ずつのローテションについていけなくなって、次第に曲と曲との間に休憩時間ができるようになった。Rも「ちょっとタバコ吸ってくるわ」と外に出て、Yも仮眠モードに入る。Mが少しでも寝れるように電気を消した狭い個室で、ただただボーっとした時間が流れて、それはRが戻ってきてからも続いた。やがて男がスマホを眺め始め、虚空が漂っていたところに、Yが「よしっ!やるぞっ!」とピンと声を張り上げ、デンモクを手に取った。入れた曲は「ようかい体操第一」。ようかい体操第一!?小学生だった時期ともギリ被ってないし、なぜ、と思ったら、次の瞬間、全てに合点がいった。そこには保育園の先生がいたのだ。マイクとは反対の手で振り付けをしながら、歌詞に合わせて表情を跳ねるように変えていく。行きの車でYが保育園の先生をしているということは聞いていて、へーそうなんだーと思っていたけれど、本当の本当に、Yは保育園の先生だった。聴けば不思議と元気が湧いてくる「ヨーでる ヨーでる ヨーでる ヨーでる」に、AM3:30とは思えない伸びやかな「どわっはっは〜」。Y先生の歌に合わせて、ぼくたちは年甲斐もなく「ウィッス!!」をした。Yの姿を見ると、親友の結婚式のために準備したシックなドレスと、豪華な髪飾りを身にまとっているのに、見えるオーラは明らかにオレンジ。太陽みたいなオレンジ。「太陽みたいなオレンジ」っていう表現がそれこそ保育園児かよって思うのだけれど、それは絶対に保育園の先生の色で、ああすげえな、これがこの人の魂の色なんだなって思った。Yがそんな色をしているなんて、全然、これっぽっちも知らなかった。驚いた。

その後もY先生の懐メロアニソンメドレーで盛り上がったあと(YとMは特にアニメが好きだった)、6時手前頃にカラオケボックスを出た。空は見事な朝焼け。世界中でここでしか使われていないような絶妙な赤のグラデーションに、薄い空色のヴェールがかかっていた。さすがに疲労感が隠せない3人とは裏腹に、「全然へっちゃらだよ〜」というYの運転で、我々は帰路についたのだった。